2013年10月31日

風魔の小次郎絵コンテ12話13話

風魔コンテ、最終回前後篇です。(10/31に13話追加)

11話での麗羅の死をうけ、風林火山の完成から、物語はスタートします。

12話は、竜魔が武蔵に死鏡剣をかけ、武蔵が内側からそれを破るシーンがありますね。
原作でもかなり好きなシーンだったけど、CG費が足りなくなってやむなくカットしたのは、
監督メモでも書きました。
13話はなんと言っても雪。雪をどうするか、それだけが心配でした。
絵理奈の告白中や風魔烈風以後は雪がないなど、印象操作に細かい演出を入れています。
結局ほとんどの雪合成レイアウトを、AVIDが落ちそうになりながら、
一人でしこしこやったなあ。
風魔コンテ12話.pdf
風魔コンテ13話.pdf
コンテ、A4横ですいません。ブラウザによっては回転しないかもなので、
A4縦に変換できたら上書きしときます。
posted by おおおかとしひこ at 16:42| Comment(2) | TrackBack(0) | 実写版「風魔の小次郎」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

新しいイコンは生まれるか

イコンというのは、
映画の内容や、核となる独創的アイデアを、
一枚絵のポスターにしたようなものだ。
本来これが映画のポスタービジュアルになるべきだが、
昨今その法則が崩れている。
魅力的なイコンを我々が提供できなくなっているから、
と猛省すべきである。


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posted by おおおかとしひこ at 15:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月30日

感情ベースと理屈ベース

人は映画を見ているとき、
感情で見るのと理屈で見るのとどちらで見ているか。
感情移入という専門用語を見てもわかる。
感情である。

にも関わらず、第一稿は「論理的に」書いてしまいがちだ。

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posted by おおおかとしひこ at 14:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月29日

風魔の小次郎絵コンテ9話10話

風魔コンテ9話10話。10話の表紙は気合入ってるなあ。
この頃撮影が結構タイトになってきて、
10話の一部は、まるちょんじゃないと描くのが追いつかなかった記憶あります。
でも決めゴマだけは気合入れてたり。
この当たりから思い入れが強くなって、脚本が長くなる傾向があり、
仕上がったものにないセリフやシーンがあったりします。
撮影はしたけど、編集で切ったんだよなあ。
風魔コンテ9話.pdf
風魔コンテ10話.pdf
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風魔の小次郎絵コンテ5話6話

風魔コンテ、5話6話です。
当たり前ですが、3話4話は市野さん監督なので、僕のコンテはないです。
市野さんの「割り」(コンテではなく、台本に線を入れてカット割りを示したもの。
ドラマはコンテかかずに、割り台本でやるのがスタンダード)などは、
当時の台本の書きこみなどにあるかも知れません。

この台本から、黒枠をCGカットとして、通常カットと区別しています。
俺がこっそりCG使いまくるからです。(笑)
風魔コンテ5話.pdf
風魔コンテ6話.pdf
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風魔の小次郎絵コンテ1話2話

風魔ファンの皆様、保存版です。絵コンテです。(需要はあるのか)
撮影タームごとに区切ります。1話2話です。

1話のコンテは、普段かいてるCMのコンテの7割ぐらいのクオリティでかいてました。
下書き→ペン入れ(ボールペン)→スミ塗り(ベタはボールペン、影は鉛筆)
でもこれは30分全部やるのは大変だぞと。
で、2話以降から、鉛筆がきのみになっています。
鉛筆書きにしてからも、二話分のコンテを二日(三日のときもあった)で
かかなきゃいけなくて、それはそれは大変だったことを覚えています。
でもどこに魂こめるかわらりづらくなったから、表紙をつくって、
そこにはスミ入れて、気合いを示してました。
(エンディングのおさらいでも使われやすいカットだし)
風魔コンテ1話.pdf
風魔コンテ2話.pdf
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批評は表現者を成長させる

あなたが書き手の初心者だとしたら、
心ない批評に傷ついた経験があるかも知れない。
だが、批評は表現者の肥やしである。

作者が自分でも分かっている欠点を批判されても、
或いは薄々感づいていた欠点を批判されても、
それほど傷つくことはない。
やっぱりばれたか、見る人というのは鋭いなあ、
と感心し、そこまでちゃんと共有されることに喜びすら感じる。

キツイのは、自分では気づいていない、無意識の部分を攻撃されることだ。
偏見や不合理やダサイところ。
無防備状態で、最大の弱点を突かれる。
それが何故起こるかを知っておくと、対処も出来るようになる。


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posted by おおおかとしひこ at 15:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月28日

ちょいとつぶやきます。

なんか昨日だけぽーんとアクセスが900いきました。
アクセス解析すると、「風魔ファンの皆様へ」だけピンポイントで読まれてる。
誰かのツイッターにアップされると、連鎖反応が一気に起こる仕組みみたいですね。
にも関わらず、今日になるとアクセスが100ぐらいの、元に戻る。
流行が線でなく点になっている、今の日本の仕組みがよく現れている現象。

これをうまく線や面に出来れば、ムーブメントみたいになるんですかねえ。
それとも、ムーブメントって、ネットの速報性がはじまる前の時代の、
「火の広がるのが遅かったからこそ、長続きした現象」なんですかね。
土鍋みたいな。

外人の発明は、全てを狩り尽くして次へ移動する狩猟民族的だなあ。
日本人の循環して育てる農耕文化に、合わない気がする。
僕は縁側とか鍋とかいう文化が好きなんだけどなあ。

追伸: 風魔ファンに向けて、俺の絵コンテでも公開しますか。
本来スタッフ向けの「道具」でしかないんだけど、面白い試みではある。
身近なファンから言われたので、そうかあればあったで喜ばれるのか、と思い。
posted by おおおかとしひこ at 19:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

設定は、動的にせよ

人物設定に初心者がありがちなこと。
身長体重年齢性別、見た目を決める。
髪型や色、メガネやコンタクト、
服のブランドやサイズや着こなしやそのリスト、
持っているアイテムやギア、好きなもの嫌いなもの、
家族構成、癖、口癖、性格、自分を俺と呼ぶか僕と呼ぶか。
細かく設定すればするほど、
キャラがいきいきと動くものだという先入観がある。

このような設定は、何の役にも立たない。
何故なら、静止画的要素でしかないからだ。
設定は、動的に行わなくてはならない。

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posted by おおおかとしひこ at 02:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月27日

どうでもいい話

今脚本書きにカフェに来ていて、
思わず「混んどるのジョー」と呟いた自分にびっくりした。
ほんとどうでもいい。
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言うと書くのちがい

我々脚本家にとって、書くことは言うことと、
微視的にはあまり大差がない。
頭のなかで生まれた考えやことばを、
誰かに言うか、書くかだけの違いだ。

しかし両者には根本的な差がある。
首尾一貫性、とでも名づけるようなものが。


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posted by おおおかとしひこ at 15:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

アイデアは、日本語の形をしている

素晴らしいアイデアを思いついたとしよう。
とにかくメモだ。
殴り書きでもなんでもいい。
言葉じゃなくてもいい。絵や図形をかいてもいい。
概念同士の結びつきは英語のほうが早いかもだ。
あるいは技術用語やローカルな言葉のほうが早いかもしれない。

落ち着いてあとで考えるとき、
それが優れたアイデアかどうか判別する方法がある。

それは、日本語で書けるかどうか、ということだ。

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posted by おおおかとしひこ at 14:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

アイデアは、最低3つ必要である

脚本を書くのに、アイデアはいくつ必要だろう。
アイデアは、数えられる名詞かどうか微妙なところだが、
これは行ける、というピンポイントな小さなものから、
系列を持つ大きなかたまりまで、
それを大きくひとつととらえると、
オリジナリティーのあるアイデアは、
最低3つ必要だ、と経験的に思う。

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posted by おおおかとしひこ at 13:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月26日

前半部の苦しみ

脚本の執筆は、前半部が苦しい。
その理由は、最終的に設定すべき範囲が、
最後まで書かないと確定しないからだと思う。

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posted by おおおかとしひこ at 17:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

インプットすれば、アウトプットが出るか

調べものに関する話。
司馬遼太郎は本の鬼で、書く題材に関する本なら、
なんでもかんでも神保町の棚を端から買って、
全部読んだのだそうだ。
ネットが発達した現在、簡単なことならネットで何でも分かるようになったが、
それで取材とするには足りないと思う。
「それに関することで、知らないことはない」とするのが、
ものを書く前の取材の基本である。
そのジャンルの権威になれ、とよく言われる。

さて、それだけインプットしたとして、
アウトプットとの関係について考えてみよう。



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posted by おおおかとしひこ at 16:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月25日

太いテーマ

新作脚本を書いている。
いつもはプロットだけだが、行けそうなので、脚本の形にブレイクダウンしている。
他人に見てもらうことは大事だ。
他人は、自分の弱点をうつす鏡だ。
読解力の優れた他人ほど、いちばん痛いところをつく。
ただその言葉は、脚本家にとっての言葉ではなく、
視聴者や職業柄の言葉であることが多い。
それを自分の言葉に直して噛み砕くのが、結構難しい。

今回の第一稿では、面白いが今の時代これでは弱いのでは、
と言われた。どういうことかしばらく考え、
「テーマを太くする」という基本に戻ってきた。

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posted by おおおかとしひこ at 12:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月24日

表現は、理解されない2

バナナの話の続き。
前の話を読めば分かるが、バナナとは、テーマの象徴である。

バナナを、いかに美しく旨そうにきれいに撮ったとしても、
ポスターじゃあるまいし、それだけでバナナはいいと思われない。

不味そうに腐ったバナナを撮るよりいくらかましだろうが、
時間軸を持つ物語というジャンルでは、その前に決着が既についている。
バナナの叩き売りの話だ。そこまでに信用されたかどうかのほうが大事なのだ。

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posted by おおおかとしひこ at 20:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

幽霊の正体見たり枯れ尾花

我々の想像力のちからは凄い。
ただの枯れ草を一端幽霊だと信じたら、
風に揺れるのを死者の国への手招きと思いこみ、
柳の葉がなびくのも、幽霊女の長い髪と思いこむ。

しかしオチは枯れ草だ。
物語の、オチ直前の殆どの部分は、これなのだ。

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posted by おおおかとしひこ at 16:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月23日

表現は、理解されない

初心者にありがちな誤解。
悲しいシーンを書けば、見る側がその通りに悲しんでくれると思い込む。
楽しいシーンを書けば、その通りに楽しんでくれると思い込む。
きちんと説明すれば、その通りに理解してくれると思い込む。

たとえばただ笑顔だけのCMを見て、我々は楽しくならない。
ただ説明されるだけのCMを見て、我々はその通りの理屈をマスターしない。
見る側にとっての当たり前の常識なのに、我々は表現側に立つと、
いとも簡単に忘れてしまう。

表現は、100%受け入れてくれる筈ない、ということを。



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2013年10月22日

デジタルは人を幸せにしない

僕の身近にいる人は、しょっちゅう聞いている僕の主張であるが、
このブログにもその一端を書いてみる。

デジタルは所詮バーチャルだ。
リアルの「代替品」に過ぎない。

映像業界では、アナログがデジタルに置き換わった感が強いが、
それオンリーではダメだ、という話をしてみたい。

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2013年10月21日

物語とは、夢に意味を見出すこと

色々な「物語とは」について書いているが、
このような見方も出来るよ、という話。

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意味は解体されたか

僕は80年代に多感な時代を過ごしたが、
あの時代は、意味を解体することが流行っていた。
吉田戦車は「染るんです。」で、鴻上尚史は第三舞台で。
とんねるずは楽屋落ちで、北条司や唐沢なをきはコマの端に自分ツッコミを書くメタで。
サブカルが花開いたのは、本来の「意味」の世界、カルチャーへの反逆だった。
ヤオイ(山無し落ち無し意味無し)は、ある種の先端だった。

現在、それは最先端でも異色でもない。
「シュール」というただのジャンルになりつつある。

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物語とは、「終わり」を書くことだ

我々の命は、いつか終わる。
どんなに長い映画でも、数時間で終わる。
どんなに人気ドラマでも、最終回が来る。
笑っていいともだっていつか終わるし、タモリだっていつか死ぬ。
サザエさんもドラえもんも、いつか最終回がある。
地球も太陽も、いつか死ぬ日がくる。
宇宙は熱的死に向かっている説と、再収縮する説があるが、
何億年かそれ以上先、宇宙は死ぬ。

同様に、時間軸を持つ物語や音楽や料理には、
終わりがある。
あなたの書く物語も、僕の書く話も、必ず終わりがある。
終わるために書く、という一種の逆説で、書くという行為を見てみよう。

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2013年10月20日

物語の中では、省略されている時間がある

よく考えると当たり前なのだが、
書き手になると忘れがちになること。

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イコンの話: 新橋に落ちていた名刺入れ2

同じ話を使って、イコンの話をしてみます。

ドキュメントと物語の違いは、
イコンを意図的につくるかどうかの違いでもある。
タイトルにもなっている、「新橋に落ちていた名刺入れ」の
ビジュアルを、言葉だけからあなたはどのように想像しただろうか。

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2013年10月19日

テーマの話: 新橋に落ちていた名刺入れ

(10/18の記事を、分かりにくいので10/19改訂)
先日、革製の名刺入れが新橋に落ちているのを見つけた。
こんな妄想をした。

この名刺入れには、本人の名刺は一枚も入っていない。
その人が交換した相手の名刺が沢山入っているだけだ。
一体、この人達が共通して名刺を交換した、落とした持ち主とは誰か?
特定して、本人に返しにいくと面白いぞ、と。

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2013年10月18日

人間が同時に頭に浮かべられるのは、2.5まで

僕の経験則であるが、
おはなしの要素は、2.5に整理するとよい、という話。

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主人公は、第二ターニングポイントで大詰めを迎える

異物に出会い、その除去や日常の回復を動機とした主人公は、
行動の結果、いくつかのターニングポイントを経て
どうやら大変なことが進行していることが分かってくる。
最初の動機を満足させるには、当初思われていた行動より、
もっと大規模なことをやらなくてはならなくなる。
世界の風呂敷が、徐々に大きくなる。コンフリクトが横たわっている。
ACT 1の最後、第一ターニングポイントで
言い出しっぺとなった主人公は、冒険の旅を開始する。
言い出しっぺの内容には、明でも暗にでも、
センタークエスチョン(これがイエスとなれば物語は終了を予感させる)と、
何故それをしたいのか(しなければならないのか)の動機が示される。

ACT 2はその冒険の内容だ。
60分の冒険ののち、
あとひとつだけ山を越えれば物語は終わる、という場面がやって来る。
これを第二ターニングポイントという。

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posted by おおおかとしひこ at 11:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月17日

実践編4「割れたせんべい」の動きの図式化

では、「割れたせんべい」を図式化してみよう。
分りやすくするため、三幕を区切って示している。
割れたせんべい図式化.pdf

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posted by おおおかとしひこ at 20:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

おはなしとは、謎に答えることだ(10/14の記事を10/17大幅改訂)

物語とは何か、ということのひとつの見方。
謎に答えることがおはなしである、という説。


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posted by おおおかとしひこ at 19:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする