2013年11月07日

リアルな台詞の書き方(お喋り女子高生のエクササイズ)

試しに、「女子高生のお喋り15分」を書いてみたまえ。
(もしあなたが女性なら、男子高生同士にせよ)
シチュエーションが必要なら、
喫茶店に来たところからはじめて、席を決め、注文をし、注文したものがきて、
どちらかがトイレにいくまでのお喋り、
としてみよう。
現実の15分はあっという間だが、そのたった15分を、あなたはリアルに
(いかにもありそうに、嘘臭くなく)書けるか。

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posted by おおおかとしひこ at 14:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

敵の敵は誰か?

迷ったとき、チェックしてみよう。
敵を、コンフリクトの相手としてもよい。
敵の敵は、最初、決して主人公ではないはずだ。

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posted by おおおかとしひこ at 12:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

骨と肉と皮と服

前の記事に追加して、服も。
服を、コンセプト(一行で書かれたものや、イコン)と例える。

人の見た目の第一印象は、顔(皮膚)と服だ。
どんなコンセプトで、どんな最初の感情か、でしか判断されない。
ここで見向きもされないと、中身まで味わってくれない。

中身とは、肉と骨で動く動きである。これは皮を見ることで楽しむ。
途中服のことは忘れている。
最後まで退屈せず、それが破綻せず、
自分の人生になにかプラスになったり、好きになれば、
その物語は愛される。夢中になってくれる。
にも関わらず、人は動きを記憶できないので、
頭の中では、顔と服で表象され、人に伝えるときも、
顔と服の第一印象と、一部の動きを伝えるだけだ。

結局、服と顔と中身と、全部をバランス良く、有機的なものとしてつくらないと、
完全に面白い映画は出来ないと思う。そこが難しい。
(小説や芝居の世界では、服より顔や肉のほうが重視される感じがする)
posted by おおおかとしひこ at 12:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする