写真じゃなくて、動画なんだな、と気づいた。
つまり、声や、動きや、間や、表情の変化
(芸人から一瞬の真似をやって元に戻るを含む)、
という時間軸の芸なんだと。
形から入るのはいいですが、それ以上の魂は、
動きの中にあるのですよ、とどこからか言われた気がした。
ということで、今年の更新はこれでおしまい。
よい新年を。
2013年12月31日
2013年12月30日
何が書きたいか、なんてシナリオにはない
詰まらない脚本を評して、「何がやりたいのか分からない」
というのをよく見るが、これは批評としては誤りだ。
なぜなら、書き手が「○○がしたかった」と答えれば、
「○○がしたかっただけではないか」と帰されるだけだからだ。
脚本は流れという線であり、点ではない。
そもそも、「○○がしたい」と点で描写出来るほど、
脚本は単純ではない。
評論の仕方が間違っている。
このタイプの文句は、
「テーマがよく分からない」と言っていると見るべきだ。
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というのをよく見るが、これは批評としては誤りだ。
なぜなら、書き手が「○○がしたかった」と答えれば、
「○○がしたかっただけではないか」と帰されるだけだからだ。
脚本は流れという線であり、点ではない。
そもそも、「○○がしたい」と点で描写出来るほど、
脚本は単純ではない。
評論の仕方が間違っている。
このタイプの文句は、
「テーマがよく分からない」と言っていると見るべきだ。
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2013年12月29日
「カメラワーク」の誤解
いつの頃からか、カメラワークという言葉は、
クレーンの動きや、ステディカムや手持ちの動き、
パンやチルドやフォーカス送りの動きを指す、
素人評論言葉になってしまった。
ワークと言う言葉がそれを連想させるのだろう。
それは間違いだ。
フィックス長回しでも、「いい絵」をつくるのが、
カメラワークが機能していることである。
カメラマンの仕事は、カメラを動かすことではない。
いい絵を撮ることだ。
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クレーンの動きや、ステディカムや手持ちの動き、
パンやチルドやフォーカス送りの動きを指す、
素人評論言葉になってしまった。
ワークと言う言葉がそれを連想させるのだろう。
それは間違いだ。
フィックス長回しでも、「いい絵」をつくるのが、
カメラワークが機能していることである。
カメラマンの仕事は、カメラを動かすことではない。
いい絵を撮ることだ。
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2013年12月28日
脚本の面白さの、9の階層
面白いとは何か、という議論はおいといて、
脚本には、以下の9つの階層の面白さが「全て」必要だと考える。
これらの階層の面白さは、全て違う質の面白さだ。
全てが真新しい必要はないが、
どれかは突出して斬新で真新しくなければならない。
そして、ひとつでも面白くない階層があると、
他がどんなに面白くても、詰まらない脚本である。
1 コンセプトの面白さ
2 導入の面白さ
3 主人公への興味→感情移入の面白さ
4 ACT1の30分の面白さ
5 本題の面白さ(ACT2)
6 焦点が常に保たれていることの面白さ
7 登場人物の面白さ
8 クライマックスの面白さ
9 テーマの面白さ
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脚本には、以下の9つの階層の面白さが「全て」必要だと考える。
これらの階層の面白さは、全て違う質の面白さだ。
全てが真新しい必要はないが、
どれかは突出して斬新で真新しくなければならない。
そして、ひとつでも面白くない階層があると、
他がどんなに面白くても、詰まらない脚本である。
1 コンセプトの面白さ
2 導入の面白さ
3 主人公への興味→感情移入の面白さ
4 ACT1の30分の面白さ
5 本題の面白さ(ACT2)
6 焦点が常に保たれていることの面白さ
7 登場人物の面白さ
8 クライマックスの面白さ
9 テーマの面白さ
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2013年12月27日
2013年12月26日
2013年12月25日
2013年12月24日
2013年12月23日
2013年12月22日
感情は消え、理屈は残る
我々は、映画には第一には感情で接している。
主人公への感情移入によってだ。
さらによく出来た物語は、他の人物にも感情移入する。
感情は、何故か記憶に残らない。
良かったとか悪かったとか、泣いたとか笑ったとかの、
単純な記憶しか残らない。
これは我々人間の特徴なのではないかと思う。
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主人公への感情移入によってだ。
さらによく出来た物語は、他の人物にも感情移入する。
感情は、何故か記憶に残らない。
良かったとか悪かったとか、泣いたとか笑ったとかの、
単純な記憶しか残らない。
これは我々人間の特徴なのではないかと思う。
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2013年12月21日
2013年12月20日
2013年12月19日
アンサンブルのつくりかた
ある要素を組み合わせて並べると、
それぞれ単独ではなかった、意味や流れが生ずることがある。
これをモンタージュとかアンサンブルとか呼ぶ。
モンタージュは時間軸の編集技法だが、
アンサンブルは空間方向や意味のことでも使える広い言葉だ。
群像劇の組み合わせ方、バラバラのカットを並べて一連にする、
名も無き役者の個性をバラバラにしながらも、
ひとつのまとまり感をつくる集団のオーディション
(風魔の19人、ダスキン50周年CMの12ダンサー、クレラップの家族など、
僕はわりと得意)、
サブプロット(サブテーマ)の組み合わせ、合わせなどに使う考え方だ。
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それぞれ単独ではなかった、意味や流れが生ずることがある。
これをモンタージュとかアンサンブルとか呼ぶ。
モンタージュは時間軸の編集技法だが、
アンサンブルは空間方向や意味のことでも使える広い言葉だ。
群像劇の組み合わせ方、バラバラのカットを並べて一連にする、
名も無き役者の個性をバラバラにしながらも、
ひとつのまとまり感をつくる集団のオーディション
(風魔の19人、ダスキン50周年CMの12ダンサー、クレラップの家族など、
僕はわりと得意)、
サブプロット(サブテーマ)の組み合わせ、合わせなどに使う考え方だ。
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2013年12月17日
2013年12月16日
2013年12月15日
2013年12月14日
デジタルは人を幸せにしない:デジタル撮影が嫌い
脚本論ではないけれど、フィルム撮影とデジタル撮影の違いの話。
僕らの世代にとって、映画とはフィルムのことである。
フィルムで撮影し、フィルムで編集し、フィルムで上映するのが映画だ。
デジタルカメラの発達で、フィルム撮影がごっそり減った。
日本映画を支えてきたフジフィルムの映画用フィルムが、
生産中止になったのは、我々業界人にとってショックなニュースだ。
(アメリカのコダックのフィルムしか、現在はない。
フジフィルムは、日本人の肌や日本の風景の色に特化した色が出やすいと言われていた。
日本映画特有の湿っぽさは、このフィルムのせいとも言えるが)
僕は、デジタル撮影が嫌いだ。
僕は監督なので、人間を撮るとか、物語を撮ることに、
デジタル撮影はよくないという話をしたい。
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僕らの世代にとって、映画とはフィルムのことである。
フィルムで撮影し、フィルムで編集し、フィルムで上映するのが映画だ。
デジタルカメラの発達で、フィルム撮影がごっそり減った。
日本映画を支えてきたフジフィルムの映画用フィルムが、
生産中止になったのは、我々業界人にとってショックなニュースだ。
(アメリカのコダックのフィルムしか、現在はない。
フジフィルムは、日本人の肌や日本の風景の色に特化した色が出やすいと言われていた。
日本映画特有の湿っぽさは、このフィルムのせいとも言えるが)
僕は、デジタル撮影が嫌いだ。
僕は監督なので、人間を撮るとか、物語を撮ることに、
デジタル撮影はよくないという話をしたい。
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