2014年03月04日

人間を描くこととは

リアルとファンタジーの間の状況をつくること。
その反応に願望をのせて、
変化を描くこと。
それが、リアルであること。

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posted by おおおかとしひこ at 12:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

何が分かってないかが、分かってない

人間同士の間には、誤解や中途半端な理解、
というのがつきものだ。
親と子、恋人同士、仕事仲間、上下関係、様々な行き違いがある。

「最初はバラバラな状態からはじまり、
最後に全員が同じ気持ちになる」のが物語だとすると、
誤解や無理解は、ドラマの基本のひとつになる。

人は、何が分かってないかが、分かっていないことがある。
これを、誤解のドラマに生かそう。

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2014年03月03日

キャラ設定は、点のおもしろさ

物語を書こうとする人にとって、
人物設定というのは楽しいものだ。
ああいうのはどうか、こういうのもある、という、
いわば着せ替え人形のような面白みでもある。

だが、これは、所詮点での面白さでしかないことに注意されたい。
いわゆる「キャラもの」
(最近だとゆるキャラか。妖怪など、日本は伝統的にキャラの国である)
とは、所詮、点での面白さにすぎない。

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posted by おおおかとしひこ at 22:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ACT 2こそ、作品のコンセプト

ACT 2論、つづけます。

作品のコンセプト、といったときに、
それはACT 2で代表されるのでは、という話。

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posted by おおおかとしひこ at 14:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月02日

ACT 2をドラマから考えてみる

映画と違い、ドラマは長丁場だ。
しかし、三幕構成という点では同じである。
ACT 1でセンタークエスチョンを設定し、
ACT 3でクライマックスを描く。
たいてい1話から数話がACT 1というセットアップ、
最終回が前後編でACT 3というクライマックス、などのパターンが多い。
それ以外の殆どがACT 2であると言える。

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posted by おおおかとしひこ at 15:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月01日

終わらない仕事はない

とよく言う。
それは、終わりがあるから人はなにか特別なことが出来る、
ということだ。(999のテーマでもあった)
それは物語でも同じだ。
目的を達成したら終わり(センタークエスチョン)だと
思っているから、我慢もきくし、賭けにも冒険にでも出られる。
終わらせる為にクライマックスに行く、のは常套句である。

今、一話完結型ドラマのシリーズ構成を考えている。
出来るだけ続けたいのだが、
一端仮の最終回を考えてみることにした。

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posted by おおおかとしひこ at 14:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

コメントに答えて、メイキングの話、つづき。

「幼くとも客」さまのコメントを読んで思いました。
なるほど、外からの視点ではそう見えているのだなと。

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posted by おおおかとしひこ at 03:32| Comment(1) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする