2014年05月20日

二時間と構成

構成とはリズムだ、と前に書いた。
二時間という疲労度や、
集中力15分サイクルを考えた上での経験的な構成が、
三幕構成であるといえる。

世の中には三幕構成をもたない映画や、
1:2:1の比でつくられていない三幕構成の映画や、
三幕でない映画もある。
(ぱっと思いつかないが、最近見たなかでは、
「偉大なる、しゅららぼん」「ガッチャマン」には三幕構成はなかった)

映画の面白さと三幕構成は、必ずしも関係しなくてもよいと、
原理的には思う。
が、それがないものは、なんとも間が悪い感じがする。
それは、二時間の疲労による満足や、15分サイクルを考えていないからではないか。
posted by おおおかとしひこ at 14:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

映画は何故二時間か

劇場映画は、約二時間が暗黙のルールのようになっている。
もちろん三時間四時間の大作もあるし、
90分の小気味よい小編もある。(昔二本立ては90分ぐらいのが二本だった)
30秒、1分、5分10分15分30分などの短編は、
それ一本で単独上映されることはないだろう。

何故約二時間なのか。
僕は、観客の疲労度の説をとる。

続きを読む
posted by おおおかとしひこ at 14:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ガワは才、中身は能

繰り返して議論している、ガワと中身の話。
才能というものがあるとすると、
ガワは才能のうち才の方、つまり天賦のヒラメキであり、
鍛えることは出来ない。
中身は才能のうち能の方、つまり理論的であり、
伸ばすことの出来るものだ、
と僕は思う。

続きを読む
posted by おおおかとしひこ at 12:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする