2014年06月30日

脚本を書いたことない人へ

いきなり脚本形式(見よう見真似でいい)で、
A4白紙に5枚以内で一本書いてください。オーバーしちゃダメ。
頭の中で想像した短編を、書いてみてください。
5枚は、大体5分から10分ぐらいのお話になります。
(例えば過去記事の脚本添削スペシャル「ねじまき侍」は15分です。
それより短くて小さなストーリーを想定してください)

必ず手書きにしてください。手と脳にシナリオ形式を覚えさせるのが目的です。
人に見せる前提で、必ず最後に清書してください。
字が読みやすい人は、思考も綺麗です。これはマジです。日本語の特徴です。
書道やペン習字習うのは、打ち文字100%でも、ライターになりたいならかなり有効です。

完結させてください。
5枚以内だから、2枚でもいいです。
オーバーしたらどこかを削ること。
オチまであることが重要です。書き終えたらコピーをとって下さい。

推敲を重ねて下さい。軽く演じてみるのはいいことです。
黙読ではなく、発音された音の世界でリアルタイム再生をすると、
欠点がわかったりします。
その動画を見て、客観的になるのもいいことです。
書き込みまくって、お気に入りの最終形をつくって、清書してください。
最初に書いたやつと最終形は、セットで保管すること。

これを3セットから5セットするとよいでしょう。
その際、入門書やネットの情報は参考にしてはいけません。
自分の映画的本能だけで、3本以上、5枚以内を書いてください。

それを、決して人に見せないこと。必ず酷評されるから。
まだあなたは、脚本を勉強せず、本能で書いただけ。
サッカーを習う前、子供たちが走り回ってたようなもの。
そこから勉強して、最初の何本かをリライトしたくなるときが来るでしょう。
しかしそれは、決してリライト出来るお話になっていないでしょう。
技術でなく本能で書いたお話は、技術に溺れない粗削りの魂を持っています。
技術を覚えたあとでは書けない、大事な何かがそこにあります。
その魂を忘れないために、今後も大切に保管してください。

あとは色んな入門書などが役に立ちます。良い教師をさがすことです。
posted by おおおかとしひこ at 09:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

カット割の研究:「渇き。」の例

「渇き。」のカット割の特徴は、
三年前と現在の同時進行という大きな構造の中で、
三年前の過去は、手持ちとマルチキャメラの多用、
現在は、フィックスとシングルキャメラ、
と、使い分けていることにある。

(以下ネタバレの可能性あり)

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posted by おおおかとしひこ at 04:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

カット割の基礎

映画の単位は、カットだろうか、シーンだろうか。
それは、カット割の基礎を知ってから考えるべきことである。

映画の撮り方には二種類ある。
シングルキャメラとマルチキャメラだ。
この方法では、カット割の考え方がまるで違う。

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posted by おおおかとしひこ at 03:59| Comment(2) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

親愛なる中島哲也様

ずっと僕らの先頭ランナーを走る姿を、
最初は尊敬の眼差しで、
次は羨望の眼差しで、
次はどこまでいけるのかという意地悪な見方で、
見守っていました。

お疲れさまでした。
ようやく空席ができました。椅子取りゲームに参戦します。
まずはその参加権を得る戦いをはじめます。
小さな狼煙を上げるので、温泉からでもご覧ください。

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posted by おおおかとしひこ at 00:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月29日

ストーリーとは何か3: 人物と世界とストーリー

キャラ設定は、単独で書くことができる。
背景となる世界設定も、単独で書くことができる。
が、ストーリーだけは、単独で書くことが出来ない。

一番単純な形のログラインや、あらすじや、プロットですら、
世界と人物から離れることはできない。
化学物質から何かを抽出するように、
ストーリーだけを純粋な物質として抽出して見せることは出来ない。

なぜなら、ストーリーとは、
世界や人物の変化と、その理由のことだからだ。

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posted by おおおかとしひこ at 21:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ストーリーとは何か2: 話のスケール

ストーリーとは、理屈のある変化である。
「水が沸騰し、蒸気になった」もストーリーだ。
ここで、「なる」という人にも使える動詞を使っていることに注意。
ストーリーの中では、変化するものは、
擬人化された、人なのだ。
逆にいうと、(擬人化を含む)人でしか、人はストーリーを理解出来ない。
(艦これなどの擬人化が何故起こるかの理由がこれだ。
本来ストーリーのないものから、人はストーリーを見いだしたがる。
点の集合から心霊写真が見えてしまう、シミュラクラ現象のように)

さて、その変化の大きさを、話のスケールという。

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posted by おおおかとしひこ at 12:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ストーリーとは何か

ストーリーがある、とは何で、
ストーリーがない、とはどういうことか。

僕は、変化があることだと思う。
ただの自然変化ではなく、理由のある変化のことだと思う。

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2014年06月28日

おすすめの訓練の方法:数をこなす、三題話

30分ドラマとか、15分ドラマとか、3分ドラマとか、
短めのものを想定して、
プロットを数多く書くこと。
完結した本数が10以上。
出来れば、30、50、100本ぐらい。

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posted by おおおかとしひこ at 16:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

マーケティングは市場を縮小する

スタンドバイミーさんの質問にこたえて。

ぼくは、マーケティングは市場を縮小する、という主張をしています。
マーケティングは、一回はありかもしれない。
100からたとえば70でピンポイントを狙う。
しかし、次回はその70の中から70を狙わなきゃならなくなる。
49になる。三回目は34になってしまう。

シリーズものなどがそうでしょう。
そうでなくとも、監督や作者という通貫で人が見るなら、
自分のつくるものは全てオレシリーズということになる。

一部を相手にするものは、必ず先細ります。

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2014年06月27日

マクガフィンは、イコンとしても使える

風魔の7話「忍び、青春す」の「玉ねぎのシーン」を例にとろう。

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星占いのススメ

運命とかそういうことではなく、
「実用的な性格分析」の代表例ぐらい、知っていてもよい。

「世の中には色んな人がいる。
例えば、あなたが大事にするポイントを同じように大切にしたり、
あなたと同じような考え方をする人は、
世の中の1/12しかいないのだ」という考え方を見て、ドキリとしたことがある。
勿論常に正しい理屈ではないが、
登場人物の性格という点では、非常に参考になる考え方だ。

僕は今までに出会った人をモデルにしたり、
映画や漫画で出会った人を、登場人物のモデルにすることがある。
多分一番多いのは、自分の中の集合的無意識みたいなところから出てくる人物像だ。
まだ形がつかめないときに、「○○座的な性格」とこっそり規定しておくのは、
破綻のない性格をつくる(例えば乙女座なら、ロマンチックなのは理論的なところを突き詰め、
それ以外の部分をロマンと考えるから、などの首尾一貫性。
一方魚座が運命にロマンチズムを持つのは、人に合わせる性格のせい)うえで、
使えるテクニックだ。
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物語とは「私は愛されている」ではない

大体、小説や脚本を書こうと思う人間が、リア充なわけがない。
自分の人生や自分に何かが足りないから、そちらへ逃げるのだ。
強い人間ならとっくに実人生でオラオラ体育会系のように生きている。
これは自分だけでなく、ライター志望の殆どが、と思ってよい傾向だ。
こういう人たちが初めて書く話は、パターンが決まっている。

主人公は「私」一人称(もしくはその投影の濃い三人称)で、
特殊な物語的状況におちいり、何かの奇跡が起きて、
「私は愛されていた」と気づく話だ。

それは、無意識の自己承認欲求を具体化しただけの、
陳腐なお話になる。

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2014年06月26日

絵で語ること

絵で語る、とは、何かを何かで象徴することだ。
映画は三人称形式だから、ものを撮る。
それで何か(たいてい内面)を象徴することが、映画的表現である。

「ピアノ・レッスン」(相変わらず邦題がよくない…)を例にとろう。

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posted by おおおかとしひこ at 18:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

パターン分析

「映画でよくあること」を分析するのは、
とてもよいことだ。
ここでこうならこういう展開が待っている、
とか、
このネタ振りは大抵あとでこう使われる、
とか、
こう来たら普通こう、
などの、なんとなくのパターンを知っていると強い。

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posted by おおおかとしひこ at 00:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月25日

台詞の極意

言うべきことは言わない。
言わないべきことを言う。
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第一稿は、めちゃくちゃに書こう

Wikiの三幕構成の項をみた。
初心者諸君はあんなもの見てはいけない。
集合知の欠点だ。
知っている人の知識の総合にはなるが、
知らない人が最も登れない山になっている。

三幕構成など気にしなくて良い。
第一稿は、ほとばしる情熱のままに書くべきだ。
ただ、脚本そのものではなく、
ペラ一枚のあらすじがいい。(このへんはハイレベルな初心者講座参照)

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posted by おおおかとしひこ at 15:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

葛藤の描き方

コンフリクトを葛藤と訳すのは誤訳だ、
「ドラマとはコンフリクトである」は
「ドラマとはもめごとである」と訳すべきだ、
葛藤とは心の中のことだから三人称形式では見ることが出来ない、
と主張してきたが、
では葛藤はどう描いたらいいのだろう。

二つの選択肢を同時に用意するのが、最も映画的だと思う。

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2014年06月24日

デジタルは人を幸せにしない:ラテチュード

最新式のデジタルカメラの、
明るさのダイナミックレンジが13ステップと聞いて耳を疑った。

これでは素人は永遠に表現を学ぶことは出来ないだろう。

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posted by おおおかとしひこ at 15:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

初心者が目指すべき規模

タイトルだけは気になっていて、
未見だった、「水の中のナイフ」をようやく見れた。
初心者の目指す規模は、この辺りではないだろうか。

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マクガフィンは、ハッタリである

物語の小道具や舞台装置のなかで、
機能する、それが何であっても構わないものをマクガフィンという。
(物語の進行に、その意味が何であってもよく、
物語上の機能として必要なもの。
スパイ達が奪い合うマイクロフィルムなど。
そこに機密があり、奪い合う動機になればよく、
機密の内容は作中では何であっても構わない。
「霧島、部活やめるってよ」の霧島はどんなやつでもよく、
やめることで皆がざわつく、そのざわつきがメインなので、
霧島はマクガフィンだ)

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2014年06月23日

表現塾「風」

昔、「表現塾」というのをやればいいのではないか、と仲間と話したことがある。
そのときの課題はこういうものだ。

小学校程度でならう「芸術」で、すべて同じ課題を表現する、というネタだ。
課題は「風」とする。

水彩画で、鉛筆画で、版画で、切り紙で「風」を表現する。
書道で「風」を表現する。
創作ダンスで「風」を表現する。
楽器または作曲で「風」を表現する。
「風」を表現した俳句、詩、小説を書く。
写真で「風」を表現する。
彫刻、粘土、立体物で「風」を表現する。
服のデザイン(+髪型)で「風」を表現する。

これを一通り経験する、というものだ。

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あることをじっくり描写するのに

あることをじっくり描写するのに、
映画では、その外面をなめるように撮る。
表情、風景、アクションのスローモーション。
長回しを使うことが多い。
音楽で気持ちを増幅する。
それによって次になにが起こるか、皆が身構えるように。

あることをじっくり描写するのに、
小説では、内面を書く。
人の心の中の思いを描写する。
なにが起こったかを描写するより、これがなんの意味があるかを描写する。

あることをじっくり描写するのに、
漫画では、大ゴマを使って絵をじっくり描く。
あるいは、コマを沢山使う。
心の声や解説を入れ込むこともある。

あることをじっくり描写するのに、
演劇では役者の力を使いきる。台詞と証明と音効でそれを助けることもある。

あることをじっくり描写するのに、
写真では三脚を立て、絞りを絞る。露光時間を増やすか、強い光を当てる。

あることをじっくり描写するのに、
油絵では筆を細くし、絵の具を盛り続ける。

あることをじっくり描写するのに、
音楽ではなにもしない。じっくり、は時間軸にはない。
あることをじっくり描写するのに、
水彩画はなにもしない。じっくり、は水彩画にはない。
あることをじっくり描写するのに、
書道も恐らくなにもしない。じっくり構想することはあっても、
書くのは一瞬だ。


表現の媒体が違うことは、
それに適した内容は違うことを意味する。
漫画や小説が映画になると簡単に思う人は、
水彩画が油絵に簡単になると思う知性のレベルだ。

我々は映画の特質を理解しなければならない。
それは、他の媒体の特質を理解することでもある。
posted by おおおかとしひこ at 11:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月22日

物語の効用とは、現実の異化である

難しいことを言ってみたが、誰もが経験していることだ。
独特の世界にいって帰ってきたとき、
物語でない我々の現実が、ちょっと違ってみえることだ。

マトリックスを見たとき、この現実は仮想だったり、とか、
幽霊はマトリックスのバグで、とか、
本当の世界で目覚めるために今の現実があって、と考える遊離感がある、
そのようなことだ。
思う力が強ければ、俺も弾丸を避けられるかも知れない、
と夢想することだ。

ドラえもんを見たとき、机の引き出しが未来に繋がっていやしないか、
と夢想することだ。

現実は、物語体験によって別の見え方をするのだ。

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戦いにではなく、戦いの理由に感情移入する

凄いバトルシーンを描くと、夢中になってくれるのか。
うっとりするキスシーンを描くと、夢中になってくれるのか。

否だ。

地球をまもるために、このままでは正義が葬られてしまうから、
個人の尊厳のために、戦いに負けたらそれが失われるから、
人はハラハラするのだ。
キスに興奮するのではなく、「好きだから」という感情に興奮するのだ。

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2014年06月21日

説得力

説得力があるかないかは、
映画の中ではひとつしか基準がない。

「一般的に正解と思われること」が説得力があり、
特殊解には説得力がない。たったこれだけだ。

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2014年06月20日

テンプレのつづき:面白い映画とは

さて、では面白い映画とはなんだろうか。
前回のテンプレで、それを分析することができる。

まず、Aに当たるモチーフが面白いこと。
面白いとは、新しいことも含む。
どんなことをしてもいいから、新しく面白い話をまずつくる。

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物凄い簡単なテンプレ

非常に強力なので、大岡式テンプレと命名。

A: 物凄く面白い話を書く。一行か二行の、ログラインまたはあらすじ。
B: それを主人公がどう解決したか書く。
C: 主人公はこの冒険を通して、「○○○」ということを学んだ。

Aがモチーフ、Cがテーマ。
(そして前回までの議論から、これらは違うものが理想)

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2014年06月19日

表現とは、モチーフとテーマをずらすこと

だと僕は思っている。

最近のCMはそうでもないらしい。
商品を使う喜びを笑顔で表現すれば、表現したことになるらしい。
いつからこんなに幼稚になってしまったのか。
これでは幼稚園のお遊戯ではないか。
(まあ昔からそういう詰まらないCMはあったけど)

AをAで表現するのは、表現でも何でもない。
それは模写とかお遊戯に過ぎない。
AをBで表現するのが表現だ。

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ステージを想像せよ

三人称形式というのは、いつでもステージで出来るものである。
一人称形式はステージで出来ない。
(独白やナレーションを使えば出来ないこともないが、
それがメインになってしまう)
小説や漫画は一人で読むものだから一人称形式でも構わないが、
映画はステージで見るものだ。(DVD鑑賞は邪道としよう)

満場の観客が待っているステージを、いつも想像せよ。
あなたはそこに、台本一冊もって出て行くのだ。
演目は「面白いおはなし」である。

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posted by おおおかとしひこ at 11:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月18日

一人称と三人称の違いが分かる、好例

映画「好きって言いなよ。」の「特別映像」というのがある。
ググってください。

予告編の一種だが、音トラックが主題歌だけで、
セリフやSEに当たる部分は、全部漫画の吹き出しと書き文字が乗っていることで表現されている。

「マンガと映像の融合」といえば聞こえはいいが、
実はこれは、三人称表現と一人称表現についての差異に、大いなる示唆を与えてくれる。

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posted by おおおかとしひこ at 20:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする