2014年07月31日

人間ドラマなんて地味じゃないか

かつては僕はそう思っていた。
ドラマより、ロボットとか超能力とか、
凄い世界観とかカンフーのほうが好きで、
復讐劇とか秘密の暴露とか骨肉の争いとか、
ドロドロの修羅場とか悲劇とか喜劇とかに、
たいして興味など持っていなかった。

しかし、自分で書き始めると、
それがいかに面白く、難しいかが分かってくる。

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posted by おおおかとしひこ at 16:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

脚本とはなにか

マホロバ関連まとめたらまた凄い数の人が来たようで、
その人達が(興味本位なのか気になるのか)、
その他の脚本論も沢山読んでいるようです。

初期のころは基本的なことも書いてたけど、
最近は上級者むけの内容が多いので、
いっちょここらで、脚本の本質的な、
ふつうの人でも分かる話を書いてみます。

ずばり、脚本てなに?

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posted by おおおかとしひこ at 13:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月30日

興味深い統計結果

マホロバについて書いたせいで、過去最高のアクセスでした。
シーサーブログランキング189位に躍り出す異常ぶり。
(普段は5000位ぐらい) ありがたやです。

さて、アクセス解析を丹念にすると、面白い結果が出るのです。
「人は脚本なんかに興味あるのか?」という話。
以下、脚本論側からの興味深さ。

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posted by おおおかとしひこ at 19:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

マホロバ記事まとめ

マホロバ関連でいらっしゃる人用に、まとめつくっときますね。

第一声   > 「マホロバ」いってきたよ。 
脚本的批評 > 「マホロバ」を観よう(脚本論としての批評)
役者論   > 村井という役者。
脚本論的批評> 最後の暗転の意味(最後にマホロバ批評こみ)
反響    > 異常アクセス(笑)
リライトできるか> 登場人物を減らすこと(マホロバを改良してみる)

風魔カテゴリもどうぞ。 > 実写版「風魔の小次郎」 カテゴリ
風魔ファンならこれだけは読んどけ。> 実写版「風魔の小次郎」監督メモ


あとは9割以上が映画脚本論です。
実際に書く人に向けて書いてます。
脚本志望の人や、ラノベ、漫画家志望の人が読んでる模様。
(複雑な話なので、ケータイやスマホよりPC推奨)
シド・フィールド、ブレイク・シュナイダーぐらいは基礎教養。
トップ記事から、色々辿れるようにしてあります。
記事内検索機能があるので、気になった言葉で検索すると関連が出てくるかも。
ちなみにちょいちょい風魔をネタに解説してます。
posted by おおおかとしひこ at 18:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

すごい気になる

うちに来てくれたツイッター勢の人達を辿っていくと、
風小次b○t(一応伏せ字)がちょいちょい呟いててニヤニヤさせられるのですが、
台詞が若干間違っていて、くやしいです。
どこに訴えてよいのやら。

ていうか一応公式サイドのおれが、やいやい言うと角がたつので、
笑って黙認できるように台詞ぐらいちゃんとしてやってくれ。
間違って伝わるのが、一番かなしい。

n次利用云々より、仕事がぬるいことに納得いかない。
(完全引用を避けるテクニックだったらすいませぬ。
色々ややこしいことがありそうなら、見なかったことにしてこの記事は消すかも)
posted by おおおかとしひこ at 16:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

脚本を書くモチベーション

何故あなたは書くのだろう。
完成させてどうしたいのだろう。
完成形を流してどうしたいのだろう。

人は色々なものを動機に書く。
ぼくは、最終的には、
その面白さや感動を、みんなと分かち合いたいからだ、
と思いたい。

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posted by おおおかとしひこ at 13:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

リライトの下手な人

嘘の上塗りを重ねてしまう。

ちょっと直して、それに更に足して直して、
それを成立させる為にまた上塗りして。
それが上塗りしていることがばれるから、
一回全部上塗りしなおして。

その嘘は大抵ばれる。
上塗りして、大抵ややこしくなっているからだ。
前の4手じゃんけんでいえば、
ムーの上にミャーとポーを足していくようなものだ。

リライトの上手な人は、
少なくとも足した分を引く。ムーを足したらチョキを削る。
あるいは、ただ引いてみせて構造をシンプルにし、
最初からそうであったように書き直す。

嘘に嘘を重ねると、ごてごてのメイクと同じになる。
今そうなってるな、と感じたら、
メイクを全部落としてすっぴんに戻り、
もう一度やり直したほうが結果的にいいものになる。
posted by おおおかとしひこ at 00:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月29日

リアリティーは、物語のブレーキか

ファンタジーがこうも人気なのには、
理由がある。
現実を舞台にすると、リアリティーが足枷になるからだ。

なにやら妄想したおもしろい世界を、
そんなことあるわけないだろう、という理性が潰してしまう。
だから、書き手は(観客もか)ファンタジーに、「逃げる」。
ありえない世界を描く為に、現実では制約が多すぎる、と思うのである。

果たしてそうだろうか。
僕は、逆だと考える。

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posted by おおおかとしひこ at 20:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

台詞は憑依で書く

昔のヒーローごっこ、ままごと、お医者さんごっこと、
原理的には同じだ。
その人を憑依させて、台詞を言うのである。

それは理性的観察と再現という、物真似レベルからはじまって、
その人なら言いそうなこと、という応用編になり、
ついにはその人としてストーリーを動かすことへ至る。

その為に必要なことはなんだろう。

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posted by おおおかとしひこ at 14:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月28日

登場人物を減らすこと2

登場人物を減らすのは、なかなかに難しい。
ひとつコツを。

紙に書かず、頭の中だけで想像してみることだ。

誰か知らない他人に、全体の構造を説明してみるといい。
誰が誰か、紙に書かないと分からないようになってきたら、
それは登場人物が多いという証拠だ。
頭の短期記憶で処理しきれないということだからだ。

「頭の中でスムーズに処理しきれる量」にすることを、第一目標にしよう。
ちなみに、前項のマホロバの再構成は、頭の中だけでやったものだ。

わかりやすい物語は、頭の中で処理しきれる量感である。
それを、常に忘れないようにしよう。
とくに、テーマとの関連で人物の配置を考えるといいだろう。

書いてるそばから新しい構造を思いつくようなタイプの物語はアウトだ。
テーマとメインプロットの全体構成は、ひとつのものになっていなければならない。
そのあとに、部分へ挑むべきだ。
posted by おおおかとしひこ at 22:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

登場人物を減らすこと(マホロバを改良してみる)

登場人物を減らすことでどのような効果があるか、
登場人物が多い例で実践してみよう。

取り上げるのは話題の「マホロバ」だ。

既に書いたけれども、三つ巴の構図が多すぎで、
物語は若干飽和気味になり、焦点が分かりにくくなっている。
(それを演出と役者のパワーで乗り切るパワフルな作品ではある)


物語は現実ではない。整理された架空である。
世界やテーマを語るために、分かりやすい構図でなければならない。

理想は、最低限の登場人物でやるべきだ。
「余計な人物」がいるなら削るべきだ。

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posted by おおおかとしひこ at 18:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

時を越える

タイムスリップとかではなく。

ある映画が時を越えるには、どうすればいいか。
何年たっても何十年たっても、
名作として燦然と輝くにはだ。

人間の本質に、どこまで迫るかではないか。
いつの時代にもさほど変わらない、
人間の本質だけで物語をつくることではないか。

人間をある種の動物として描き、
それを統御する理性や良心や社会性や、
優しさやユーモアを描くことではないか。

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posted by おおおかとしひこ at 14:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月27日

危険から逃げるな

会いたくない人に会うこと。
自分の真の内面を晒すこと。
出来れば直接話したくないこと。
出来れば誰か他の人が解決したり泥をかぶってほしいこと。

我々が現実の人生でなるべく避けている危険。
それが、物語の中では重要な場面としてやってくる。
直接対決という場面でである。

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posted by おおおかとしひこ at 15:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ツイスト

ストーリーラインには、
ある種の「こう進み、こう帰結するだろう」がある。
それを全然違うストーリーラインへ変えてしまうこと。
大抵、強烈なターニングポイントになる。

ターニングポイントには、多かれ少なかれその要素があるものだが、
その特に強烈なものをいうと思ってもよい。

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posted by おおおかとしひこ at 13:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月26日

音楽の力

脚本論、ゆっくり進行でつづけます。

音楽の力はすごい。
その威力は、観賞時より、終わったあとの何日、何週間に実感出来る。
(僕は今もマホロバのテーマが頭の中をぐるぐるしている)
たとえばCMソングが頭の中から離れない経験ぐらい、
皆したことがあるだろう。

脚本と音楽の関係について、今日は書いてみる。

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posted by おおおかとしひこ at 11:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

異常アクセス(笑)

この5日間のアクセス数。
日にち/アクセス数/ユーザー数
7/21(月)/ 688/233
7/22(火)/ 815/223
7/23(水)/ 847/264 ←平常運転はこんなものです。
7/24(木)/ 1109/419 ←マホロバみたよ
7/25(金)/ 7195/2222 ←炎上か(笑)

すげえよ村井さん。すげえよ村井ファン。(確かに語りたくなる出来だったけどさ!)
某数チャンネルからだけでも200ユーザー、
ツイッターからは連鎖反応的にいらっしゃったようです。
落ち着くまで更新少なめにして、記事が下に流れないようにします。
レギュラー読者の皆さん、しばしの我慢をば。


(追記:マホロバ関連まとめました。→まとめ
posted by おおおかとしひこ at 02:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月25日

最後の暗転の意味(最後にマホロバ批評こみ)

人は何故物語を見るのか。
「(自分も含めた)世の中の死に納得がいかないから。
人は、納得のいくはじまりと終わりを見たいのだ」
という説がある。

映画でも演劇でも、ラストは暗転である。
つまりこれは物語の終わりであり、
一種の死である。

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posted by おおおかとしひこ at 13:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

村井という役者。

普段は映画脚本のことについて語っているブログです。
マホロバがかなり良かったので、
風魔ファンの皆様もこのブログを沢山見てるみたいです。

役者論でも書いてみましょうか。

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posted by おおおかとしひこ at 02:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 実写版「風魔の小次郎」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「マホロバ」を観よう(脚本論としての批評)

脚本家を目指す者は、観といたほうがよい。
とても素直で本質的な良脚本だ。
(ラストFFとかのゲームっぽいけど)
村井の芝居を観に行ったのだが、予想外に内容が良かった。

いい脚本は役者を乗せるという、いい循環が出来上がっている。
シアタークリエで日曜まで。
女性ファンの中、居づらさを感じながら、当日券ゲットに並ぶべし。

(以下ネタバレせずに批評)

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posted by おおおかとしひこ at 00:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

短編シナリオの研究2(作品置き場にコピーし忘れてたので)

オリジナルの記事は短編シナリオの研究2

某ビール会社の、ドラマ型企業広告である。
東京ガスCMのような長尺ドラマで、ビール(または企業)の価値を描きたい、
という思いに答えて書いたものだ。
残念ながらプレゼンでは採択されなかったため、永久に破棄である。
公開して後進に寄与したい。企業名は伏せることとする。

基本的には、苦みを知っている、大人のドラマを描く方針だ。

たった一滴の乾杯.pdf
再会.pdf
師匠.pdf

延長戦1ボクサー.pdf
延長戦2会社員.pdf

ライバル.pdf

オリジナルの記事では、序破急構造について解説している。
posted by おおおかとしひこ at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 作品置き場 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月24日

「マホロバ」いってきたよ。

風魔ファンのみんな!
村井がすげえぜ!
あのスタッフに舞台版預けてみたいわ!
シアタークリエにいそげ!

(追記:マホロバ関連まとめました。→まとめ
posted by おおおかとしひこ at 22:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 実写版「風魔の小次郎」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

冒頭の一文字

小説でも歌でも、
冒頭の一文字が難しい、とはよく言われることだ。
これはプロしか実感出来ないかも知れない。

アマチュアのうちは、「思いついた!」が書くときだから、
冒頭なんて一瞬で書けてしまう。
(だから途中で挫折してしまいがちなのだが)
今の気分を吹き飛ばす魅力的なアイデアを、書きなぐる。
だからアイデアを思いつくのって難しいよね、
やっぱ神が降りる感じかな、などと思って理解した気になる。

プロは違う。
冒頭の一文字にたどり着く前に、
全ての下準備を済ませているのだ。

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posted by おおおかとしひこ at 13:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月23日

なぜあなたのストーリーには客観性がないのか

メインプロットしか見てないから。

そこに登場する人物全員が、矛盾のない行動をとっているかチェックしたか?
全ての登場人物の目線から、ストーリーを一から見てみよう。
不自然や矛盾があったり、主人公のストーリーにあわせて何故か行動していないか。
それを、ご都合主義というのだ。

ほとんどの客観性のないストーリーは、
「メインプロットや自分の目から見たらおかしくないのだが、
他の人物から見ておかしい」ことに、気づいてないことなのだ。

客観性とは、単一の視点でないことをいう。
すべての登場人物、すべての同時代的観客、
すべての国の観客、すべての歴史的文脈から、
作品を見ていられるだろうか。
posted by おおおかとしひこ at 18:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

殆どの映画は、このテンプレを埋めればつくれる

A「故あって、Bを殺すことになりました。」
B「故あって、Aを殺すことになりました。」
AとBの決闘がクライマックスとなる映画は、
この「故あって」をクライマックスまでうまくつくればつくれる。

AとBは個人でもよい(原始的)し、
チームや組織(近代的)でもよい。
「殺しあう」ことを最も過激として、
それを「ルールに乗っ取った戦い」にするバリエーションも存在する。

決闘は、「自分が死ぬリスク」が重要だ。
「自分が死ぬリスクよりも、相手を殺すことが上回る」ことの、
故を描ききれれば、それがストーリーである。
「死ぬ」は物理的でも、抽象的でもいい。
(たとえば名誉や、社会的生命を賭けてもいい)

このクライマックスに向けて、AとBの、「故あって」を
実に上手くつくることが、映画のストーリーを考えることだ。

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posted by おおおかとしひこ at 15:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

企画書は、わくわくするように書こう

脚本から離れて、企画書を書くこともプロにはよくある。

僕は脚本の内容を、正しい実像で書くことが企画書だと思っていた。
だが、「企画書は脚本の予告編である」と考えたほうが、
いい企画書が書けると思った。(嘘はつかないでね)
「では本編を見せてください」という気持ちにさせることが、
企画書の役割だからだ。

正しい全体像をとらえること。
その一部を隠すことで、全体を想像させるような表現をとること。
(それがわくわくということだ)

その二つの作業が企画書には必要だ。

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posted by おおおかとしひこ at 14:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月22日

独り言の時代

ネットの普及前は、独り言をつぶやくには、
手紙を書くか日記を書くか、創作するしかなかった。
今や、ネットで誰もが独り言を書いている。

だからか。
一人しか出ない物語が増えた気がする。
一人で何かをし、ナレーションをかぶせるものばかりだ。

昔の映画を見ると分かる。誰もが複数でしゃべっていた。
独り言を言ってる奴は一人もいない。
いたとすれば、洋館に住む孤独な老人だけだった。

一人しか出ない物語を書く者は、
昔の映画でいう、洋館に住む孤独な変態老人になっているのかも知れない。
posted by おおおかとしひこ at 20:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

短編シナリオの研究2

短編における、序破急の「2:2:1理論」を確認する為にも、
これを公開しておこう。

某ビール会社の、ドラマ型企業広告である。
東京ガスCMのような長尺ドラマで、ビール(または企業)の価値を描きたい、
という思いに答えて書いたものだ。
残念ながらプレゼンでは採択されなかったため、永久に破棄である。
公開して後進に寄与したい。企業名は伏せることとする。

基本的には、苦みを知っている、大人のドラマを描く方針だ。

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posted by おおおかとしひこ at 18:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

話が迷子になる

書けなくなったら、こう思うとよい。
「話が迷子になったのだ」と。

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posted by おおおかとしひこ at 18:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

絵コンテの書き方

二種類ある。

その1。

現場の見取り図を書く。

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ヌーヴェルバーグとは何だったか

改めて「勝手にしやがれ」を見たのだが、
大学生当時に思っていたこととは全く違うことを思った。
ストーリーテリングが、この人は下手なのだと言うことだ。

素人が書いた話はこうなりがちだ。
他山の石として見てみるとよいだろう。

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2014年07月21日

偶像崇拝2

キャラは不変なのが原則だが、
一度だけキャラを変えてよい。
登場時だ。

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posted by おおおかとしひこ at 12:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

キャラとは、偶像崇拝のこと

キャラクタービジネスは、特に日本において盛んな、
特殊なビジネスだと思う。
キャラの印刷されたグッズ、フィギュアなどの立体物、
それらは莫大な利益を生むビジネスだ。

それは、偶像崇拝に似ていると思う。


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伏線と回収

とくに書きながら完成していく連載漫画では、
「回収されなかった伏線」の墓場だらけになることが多い。

我々が肝に銘じることはふたつだ。

作品内に無駄があってはいけないことと、
伏線だと思うと、謎の提示は辛抱強く見てくれることだ。

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2014年07月20日

おしゃべりのリレー2

小説を昔書いたときに思ったのだが、
小説では、話が詰まったときに、
章や節を変えられることに気づいた。

とりあえず今の焦点の所はつづくにしておいて、
「別の場所(別の文脈)」に話をうつせるのだ。
(小説作法的にその誤魔化しはダメと言われればそれまでだが)

つまりこれは、「大きく話題を変える」ということに他ならない。
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posted by おおおかとしひこ at 16:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

おしゃべりのリレー

世の中には会話の得意な人と、苦手な人がいる。
それと脚本の中で饒舌かどうかは、
また別の話だというところが面白い。

会話がリレーのように続くのなら、
脚本が途中で挫折することはないだろう。

「途中で書けなくなる病」の克服は、
リレーのように続く会話はどうすればいいのか、
と同じことだ。

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脚本家業界に天才が現れない理由

全面的な対応力が必要だからかな。

小説に天才は生まれる。
が、作を繰り返すほど、凡作になってゆく。
その工程を、脚本は一本でやるかのようである。


つまり、映画の話に、天才かどうかはあまり関係ない。
天才的に超越した面白い話は、多分存在しない。
(お笑いのような短い尺なら、ありえる)
一部にぶっ飛んだものがあっても、
全体で面白い話でない限り、それはカルトに過ぎないのだ。

ぶっ飛んだ面白い話があるとしたら、
それは技巧と工夫を凝らし、
なおかつパワフルな、熟練のお話だけだ。

脚本家に天才は生まれない。
それは、一点突破の世界ではなく、総合的な力が必要だからだ。
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2014年07月19日

頭から書くか、結末から書くか、中盤から書くか

ケースバイケースだ、というのが結論だが、
「昼下りの情事」をネタに、分析してみよう。

(以下ネタバレ。評論は前の記事に)
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posted by おおおかとしひこ at 21:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

映画の魔法

ビリー・ワイルダーの「昼下りの情事」を見た。
相変わらず内容と違いすぎる邦題に閉口する。
(彼は邦題に恵まれなかった故に日本での知名度が低いのではないか。
奥様の不倫を連想させる、どろどろとした怨憎劇ではなく、
むしろさわやかなロマンティックコメディである)
邦題に反し、この話は紛れもなく傑作である。

第二ターニングポイント、
フラナガン氏が探偵の名刺を貰うサウナの場面
(なおかつ楽隊の最高のギャグシーンでもある)
からの、ラストシーンへの素晴らしさたるや。

どうして最近の映画はこれを越えることが出来ていないのだろう、
と難しい分析をしたくなる、超一級品である。

脚本的には、相変わらず小道具の使い方が素晴らしい。
キャスト、劇的アイロニー(嘘や秘密を含む)、小道具、音楽、
そして移動撮影、台詞。
全ての映画の「魔法」を十二分に使った名作だ。

CG?バッドエンド?3D?ダークヒーロー?ループなどの仕掛け?
知るか。この映画を観てから言え。
そんな飛び道具は、基本的な魔法が使えるのなら一切不要であることを、
我々脚本家に見せつける、王道中の王道である。

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posted by おおおかとしひこ at 20:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

短編を沢山書け

と言われても、若いうちはなかなか出来ないものだ。
50本書くのに、半年や1年はかかるかも知れない。
もっとかかるかも知れないし、一年で20本かも知れない。

数を書くには、多少のコツがある。

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posted by おおおかとしひこ at 15:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月18日

上手い下手の基準

上手いか下手かは、実は簡単だ。
誤解を生まないのが上手い、
誤解を生むのが下手。
それだけだ。

面白いか面白くないかは、また別のこと。

上手い人は、リズムがいい。
心地よいし、ここぞというタイミングを知っている。
下手な人は、ダンスでも始めてみてはどうか。
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「書けない病」を克服するために

途中で書けなくなる。これは脚本を書く上で、
最もよくかかる病気だ。
2、3日全く忘れて、全く別のことをする、
ぐらいの「風邪への対処」と似たような治療で治るのは、
軽い症状だ。

が、深刻になると、本当に辛い。
その対処法のいくつかを書いておく。

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長編とは、序破破破…破急

短編を構成する小ブロックを序破急として、
それぞれが数分程度の長さだとすると、
長編とは、
序破破破破破破破破…破急である、
という話。(破の数は尺とテンポによる)

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短編の理論

三幕構成にする必要はない。
何故なら第一ターニングポイントや第二ターニングポイントは、
1分や数分かかることもあるから、
短編には邪魔な尺だからだ。

むしろ、序破急という、さらに古いスタイルがやりやすい。

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2014年07月17日

要素は2.5、せいぜい5まで

と僕が直感的に思っているのは、
指が5本だからかも知れない、という妄想。
薬指や小指のように、4や5は、123に比べ劣るものなのも、
我々の中の指の認識に近いかも知れない。
(ゴレンジャーにおける、桃と緑。
ガッチャマンにおける、竜と甚平)

たとえば多指症の人が書く物語や、
9本指や3本腕の宇宙人が書く物語には、
同時に認識できる要素の数に、差があるかも知れない。

ダースが人間の個性の認識の限界だ、と僕は思っている。
5本の指と左手、ぐらいの同時認識だという仮説を出してみる。
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僕の昔の映画ノートのつけかた

映画ノートをつけている人は沢山いると思う。
本と違って手元で読み返すこともできないし、
何かを思い出すきっかけに使ったり、
単なる日記や批評ノートとしてやっている人もいるはずだ。

僕はいっときずっと映画ノートをつけていた。
めんどくさくなって辞めてしまったが、
数百本ぐらいはメモを取っていた。

最初はプロットを全文(覚えている限り)書き出したり、
それを構造化して視覚化して理解しようと躍起になっていた。
が、それは労力がかかりすぎるので、
「何を思いついたら、この脚本を書けるのか」
というオリジナルアイデアを抽出するように心がけた。

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posted by おおおかとしひこ at 13:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

根本的な話と、応用的な話

シリーズを何本も書くとよくわかる。
5本10本、似たようなテーマで短い話を書くと、
王道的な話と、変化球的な話があることがわかる。

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posted by おおおかとしひこ at 12:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月16日

劇的アイロニー

最初に訳した人が悪いと思うのだが、
日本ではこの名称で定着しているのでこの言葉を使う。
dramatic ironyだが、僕なら「知っていることの齟齬」と意訳する。
または「志村、後ろ!」だ。

劇的アイロニーとは、
「観客は知っているのに、登場人物は知らないこと」
のことだ。(またはその逆)

「テーブルの下に爆弾が仕掛けられているのを知らず、
テーブルで談笑する家族」などが例で出される。
観客はハラハラする。「いつ爆弾に気づくのか」と。

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posted by おおおかとしひこ at 12:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

完結とは、成長のこと

終わらない話が、世の中には沢山ある。
漫画の連載などがそうだ。
これらの暗黙のルールは、
「主人公を成長させてはいけない」だ。
何故なら、成長したら話が終わってしまうからだ。

逆に言うと、「終わり」とは、主人公が成長したこと、
なのだ。

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posted by おおおかとしひこ at 11:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

トトロのはなし

FFさんの質問に答えてみます。
(書籍化は、とても面白いことだと思いますが、
編集者さんや出版社さんがいないと、どんな原稿があっても世には出ません。
残念ながら僕にはそのようなつながりがないもので、こうしてネットでやっております。
どなたか紹介してくださいな)

トトロをきちんと批評したいのですが、
今記憶だけのなかなので、宮崎論ごとやってみます。

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posted by おおおかとしひこ at 00:48| Comment(4) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月15日

物語とは、状況の変化である2

図式的に考えてみよう。

A4の紙いっぱいにでも、横使いで次の図を描いてみよう。
○ → ○
□   □
(ずれていたらすいません。
丸の下に四角があるものがふたつ、それらが矢印でつながれていればOK)

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posted by おおおかとしひこ at 18:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする