2014年07月21日

偶像崇拝2

キャラは不変なのが原則だが、
一度だけキャラを変えてよい。
登場時だ。

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キャラとは、偶像崇拝のこと

キャラクタービジネスは、特に日本において盛んな、
特殊なビジネスだと思う。
キャラの印刷されたグッズ、フィギュアなどの立体物、
それらは莫大な利益を生むビジネスだ。

それは、偶像崇拝に似ていると思う。


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伏線と回収

とくに書きながら完成していく連載漫画では、
「回収されなかった伏線」の墓場だらけになることが多い。

我々が肝に銘じることはふたつだ。

作品内に無駄があってはいけないことと、
伏線だと思うと、謎の提示は辛抱強く見てくれることだ。

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2014年07月20日

おしゃべりのリレー2

小説を昔書いたときに思ったのだが、
小説では、話が詰まったときに、
章や節を変えられることに気づいた。

とりあえず今の焦点の所はつづくにしておいて、
「別の場所(別の文脈)」に話をうつせるのだ。
(小説作法的にその誤魔化しはダメと言われればそれまでだが)

つまりこれは、「大きく話題を変える」ということに他ならない。
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posted by おおおかとしひこ at 16:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

おしゃべりのリレー

世の中には会話の得意な人と、苦手な人がいる。
それと脚本の中で饒舌かどうかは、
また別の話だというところが面白い。

会話がリレーのように続くのなら、
脚本が途中で挫折することはないだろう。

「途中で書けなくなる病」の克服は、
リレーのように続く会話はどうすればいいのか、
と同じことだ。

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脚本家業界に天才が現れない理由

全面的な対応力が必要だからかな。

小説に天才は生まれる。
が、作を繰り返すほど、凡作になってゆく。
その工程を、脚本は一本でやるかのようである。


つまり、映画の話に、天才かどうかはあまり関係ない。
天才的に超越した面白い話は、多分存在しない。
(お笑いのような短い尺なら、ありえる)
一部にぶっ飛んだものがあっても、
全体で面白い話でない限り、それはカルトに過ぎないのだ。

ぶっ飛んだ面白い話があるとしたら、
それは技巧と工夫を凝らし、
なおかつパワフルな、熟練のお話だけだ。

脚本家に天才は生まれない。
それは、一点突破の世界ではなく、総合的な力が必要だからだ。
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2014年07月19日

頭から書くか、結末から書くか、中盤から書くか

ケースバイケースだ、というのが結論だが、
「昼下りの情事」をネタに、分析してみよう。

(以下ネタバレ。評論は前の記事に)
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posted by おおおかとしひこ at 21:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

映画の魔法

ビリー・ワイルダーの「昼下りの情事」を見た。
相変わらず内容と違いすぎる邦題に閉口する。
(彼は邦題に恵まれなかった故に日本での知名度が低いのではないか。
奥様の不倫を連想させる、どろどろとした怨憎劇ではなく、
むしろさわやかなロマンティックコメディである)
邦題に反し、この話は紛れもなく傑作である。

第二ターニングポイント、
フラナガン氏が探偵の名刺を貰うサウナの場面
(なおかつ楽隊の最高のギャグシーンでもある)
からの、ラストシーンへの素晴らしさたるや。

どうして最近の映画はこれを越えることが出来ていないのだろう、
と難しい分析をしたくなる、超一級品である。

脚本的には、相変わらず小道具の使い方が素晴らしい。
キャスト、劇的アイロニー(嘘や秘密を含む)、小道具、音楽、
そして移動撮影、台詞。
全ての映画の「魔法」を十二分に使った名作だ。

CG?バッドエンド?3D?ダークヒーロー?ループなどの仕掛け?
知るか。この映画を観てから言え。
そんな飛び道具は、基本的な魔法が使えるのなら一切不要であることを、
我々脚本家に見せつける、王道中の王道である。

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posted by おおおかとしひこ at 20:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

短編を沢山書け

と言われても、若いうちはなかなか出来ないものだ。
50本書くのに、半年や1年はかかるかも知れない。
もっとかかるかも知れないし、一年で20本かも知れない。

数を書くには、多少のコツがある。

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2014年07月18日

上手い下手の基準

上手いか下手かは、実は簡単だ。
誤解を生まないのが上手い、
誤解を生むのが下手。
それだけだ。

面白いか面白くないかは、また別のこと。

上手い人は、リズムがいい。
心地よいし、ここぞというタイミングを知っている。
下手な人は、ダンスでも始めてみてはどうか。
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「書けない病」を克服するために

途中で書けなくなる。これは脚本を書く上で、
最もよくかかる病気だ。
2、3日全く忘れて、全く別のことをする、
ぐらいの「風邪への対処」と似たような治療で治るのは、
軽い症状だ。

が、深刻になると、本当に辛い。
その対処法のいくつかを書いておく。

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長編とは、序破破破…破急

短編を構成する小ブロックを序破急として、
それぞれが数分程度の長さだとすると、
長編とは、
序破破破破破破破破…破急である、
という話。(破の数は尺とテンポによる)

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短編の理論

三幕構成にする必要はない。
何故なら第一ターニングポイントや第二ターニングポイントは、
1分や数分かかることもあるから、
短編には邪魔な尺だからだ。

むしろ、序破急という、さらに古いスタイルがやりやすい。

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2014年07月17日

要素は2.5、せいぜい5まで

と僕が直感的に思っているのは、
指が5本だからかも知れない、という妄想。
薬指や小指のように、4や5は、123に比べ劣るものなのも、
我々の中の指の認識に近いかも知れない。
(ゴレンジャーにおける、桃と緑。
ガッチャマンにおける、竜と甚平)

たとえば多指症の人が書く物語や、
9本指や3本腕の宇宙人が書く物語には、
同時に認識できる要素の数に、差があるかも知れない。

ダースが人間の個性の認識の限界だ、と僕は思っている。
5本の指と左手、ぐらいの同時認識だという仮説を出してみる。
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僕の昔の映画ノートのつけかた

映画ノートをつけている人は沢山いると思う。
本と違って手元で読み返すこともできないし、
何かを思い出すきっかけに使ったり、
単なる日記や批評ノートとしてやっている人もいるはずだ。

僕はいっときずっと映画ノートをつけていた。
めんどくさくなって辞めてしまったが、
数百本ぐらいはメモを取っていた。

最初はプロットを全文(覚えている限り)書き出したり、
それを構造化して視覚化して理解しようと躍起になっていた。
が、それは労力がかかりすぎるので、
「何を思いついたら、この脚本を書けるのか」
というオリジナルアイデアを抽出するように心がけた。

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posted by おおおかとしひこ at 13:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

根本的な話と、応用的な話

シリーズを何本も書くとよくわかる。
5本10本、似たようなテーマで短い話を書くと、
王道的な話と、変化球的な話があることがわかる。

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2014年07月16日

劇的アイロニー

最初に訳した人が悪いと思うのだが、
日本ではこの名称で定着しているのでこの言葉を使う。
dramatic ironyだが、僕なら「知っていることの齟齬」と意訳する。
または「志村、後ろ!」だ。

劇的アイロニーとは、
「観客は知っているのに、登場人物は知らないこと」
のことだ。(またはその逆)

「テーブルの下に爆弾が仕掛けられているのを知らず、
テーブルで談笑する家族」などが例で出される。
観客はハラハラする。「いつ爆弾に気づくのか」と。

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完結とは、成長のこと

終わらない話が、世の中には沢山ある。
漫画の連載などがそうだ。
これらの暗黙のルールは、
「主人公を成長させてはいけない」だ。
何故なら、成長したら話が終わってしまうからだ。

逆に言うと、「終わり」とは、主人公が成長したこと、
なのだ。

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トトロのはなし

FFさんの質問に答えてみます。
(書籍化は、とても面白いことだと思いますが、
編集者さんや出版社さんがいないと、どんな原稿があっても世には出ません。
残念ながら僕にはそのようなつながりがないもので、こうしてネットでやっております。
どなたか紹介してくださいな)

トトロをきちんと批評したいのですが、
今記憶だけのなかなので、宮崎論ごとやってみます。

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2014年07月15日

物語とは、状況の変化である2

図式的に考えてみよう。

A4の紙いっぱいにでも、横使いで次の図を描いてみよう。
○ → ○
□   □
(ずれていたらすいません。
丸の下に四角があるものがふたつ、それらが矢印でつながれていればOK)

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物語とは、状況の変化である

何度か書いているが、
とある状態が、何か(偶然、誰かの意志、行動)によって、
別の状態へ移行することが物語である。

その最も極端な状態を考える。
ネガティブな状態(-100)からポジティブな状態(+100)へ
変化するパターンだ。
「死んだ人が生き返る」みたいなパターンだ。
漫画ではよくあるが、実写にはない。
それは何故だろう。リアリティーだ。
変化に、リアリティーが必要なのだ。

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2014年07月14日

映画を勉強することの意義

映画を勉強しよう。しかし影響されてはいけない。
新しい名作は、これまでの名作にないところにある。

昔の名作を勉強するのは、
どこまで出来れば名作足り得るか、知るためだ。
そのやり方を研究するためだ。

映画から人生を勉強してはいけない。
アニメしか見ない人がつくるアニメのように、
劣化コピーしかつくれない。


材料は過去の名作の中にはない。
あなたの人生の中にあるはずだ。
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プロットに著作権はない

驚くべき話だが、著作権の法的な判例では、
「プロットに著作権はない」そうだ。

セリフやキャラクターの造型、場面など、
「具体的に文字になっているもの」に著作権があるらしい。

実証主義というか、証拠主義というか、
物理的に形のあるものしか、著作権は発生しないのだ。
(作曲は、たとえば「楽譜」に著作権がある)


これに準ずると、プロットやアイデアという、
形のないものには著作権は主張出来ないことになる。

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演出とは、どこをどんなアップにするかだ

極論をしてみる。次のシーンの演出を考えよう。

 ○校庭での朝礼

   校長の長話。退屈している主人公(16)。


これをカット割りするのが演出の基礎だ。
さて、どうやるか。

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2014年07月13日

お話とは、あなたの気分の記録の場所ではない

自分の気分や機嫌というものは、
創作のエネルギーの根源のひとつだ。
それがないかぎりお話を書くことは、逆に難しいかも知れない。

が、その記録が創作ではない。

ひょっとしたら、絵や詩や作曲や写真はそうかも知れないが、
物語の創作は、あなたの気分の反映では全くない。
その意味で、物語の創作は、嘘つきの作業だ。
自分の気分にも嘘をつきながら、
巨大な虚構をつくるのだ。

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下手なやつほど、場所を変えたがる

経験上、シナリオを書くのが下手なやつほど、
すぐ場所を移動してしまう。

例えば一日の行動を追う。
部屋、駅、路上、会社、夜の帰り道、深夜の自室。
例えば色々な場所を描写する。
居酒屋。クラブ。コンビニ。朝の魚市場。
例えば色々な場所へ移動する。
都会、田園風景、山の中、砂浜。

これらは、「移動したことで話が進んでいる」という効果がある。
その効果に書き手が騙されて、実質話が進んでいないことが多い。

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2014年07月12日

プロットと具体的な文章の差

意外と自分でもやってしまうのだが、
プロットには都合よく展開で書いておいて、
実際の文章で困ることがまれによくある。

この一言で二人は意気投合する、
辛い理由を聞いて同情する、
二人のわだかまりがほぐれる、
ひどい言葉を浴びせ、もういい!となる、
などなどだ。

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二転三転

二転三転する話は面白い。
予測が裏切られ、どんでん返しがあり、
ターニングポイントで話がキビキビと曲がっていく。
ストーリーテリングの華であると思う。

それはどうやったらつくれるか。
前項の「逆からいく」の組み合わせだ。

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逆からいく

ストーリーテリングの基本だ。
あることを語ろうとするとき、
わざと逆のことから語る。

「俺戦争が終わったらあの子と結婚するんだ」
は有名な死亡フラグだが、
そもそもこれは、
幸せ一杯を見せておいて→死という、
死の悲劇を際立たせるために、逆からいった例だ。

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2014年07月11日

40分の退屈ポイントを乗りきるために

だめな映画でも、ときに名作クラスでも、
退屈なポイントがやってくるのは開始40分、という経験則をのべてみた。
この議論をもう少し続ける。

第一ターニングポイントをすぎ、
危険に満ちたスペシャルワールドに突入し、
これから作品のコンセプトの面白い部分を示すはずの、
二幕前半部になると、
途端につまらなくなる、
その現象の原因と対処法を考えよう。

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posted by おおおかとしひこ at 13:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする