2014年07月10日

ターニングポイントは、どんでん返しの一種

ターニングポイントとは、
数分から10分程度に一回、リズムがはやいときは一分に数回来る、
ストーリーの焦点が変わるポイントのことだ。

ターニングポイントは、一種のどんでん返しと考えるとよい。

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posted by おおおかとしひこ at 13:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

どんでん返しのやり方

などと書くと、テクニック的なことに興味のある人は食いつくかも知れない。
しかし、どんでん返しの基本はひとつしかない。
「どんでんを返される前までも面白いこと」だ。

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posted by おおおかとしひこ at 11:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

書き終えて、はじめて全体が見える

学校での読書感想文やその他の国語の作文で、
リライトしたことのある人は、万に一人もいないだろう。

殆どは、うーんと唸って書き始め、
多少行きつ戻りつしつつ、
枚数も尽きてきたからそろそろ締めるか、という感じで書き終え、
多少の見直しはするものの、
構成を変えるほどの全面改稿などしたことがないだろう。

ところが、プロの文章というものは、
ざっくりした大掴みの構成、
とりあえず最後まで書いた下書き、
人に見せるレベルの清書の、
最低三回はリライトするものだ。

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posted by おおおかとしひこ at 02:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月09日

テーマと切り口

何をテーマにするか、それをどういう切り口で取り上げるか、
は、映画に限らず表現の根本だ。
表現のジャンルにもよるが、テーマや切り口という言葉には、
様々な定義があり一定しないと思う。
ここでは、とくに定義せずなんとなく使うことにする。

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posted by おおおかとしひこ at 14:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

40分まではなんとかなる、しかしその先は

経験則としてあげておく。
映像的な愉しみで映画を持たせることは、
映像作家なら比較的出来る。しかし、40分が限界だと思う。

40分を過ぎて急激に詰まらなくなる映画は結構ある。
それには何が足りないのか。

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posted by おおおかとしひこ at 13:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月08日

ザジ!

とりあえず日記カテゴリにて。

「地下鉄のザジ」をはじめてみた。
(クレラップの監督であるところの)俺がつくったのかと思った。

おそらくザジの影響下の「アメリ」や、
70年代の日本のコントや子供むけフィルムドラマ(ロボコンやケンチャコ)
あたりの影響下にあるクレラップCMの、
自分の知らない祖父を見たような気がした。

配色や構図などのアートディレクション、
音楽の使い方、カットでやる特撮、子供と大人の関係、
アバンギャルドでスラップスティックな狂乱の果ての一言落ち。
全てが相似形だった。
「わたしは年を取った」というあまりにエスプリな落ちに対して、
「今日は平和」と呑気で締めた俺の、時代と国の差を感じた。

脚本論的発見は、脚本論カテゴリにて書きます。
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小説と映画の違い3

小説から、台詞だけを抜き出して並べてみよう。
それが映画だ。

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posted by おおおかとしひこ at 12:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

二幕前半では、ストーリーの進行が遅くなる

二幕前半=作品コンセプト論、つづけます。

二幕前半の30分は、
「新しい作品」のアイデンティティーを示す部分だ。
「全く新しい映像体験」だとするとこのパートだ。
「ユニークなコメディ」ならその部分はここに集中する。
「誰かに語りたくなる面白いところ」、どこが他の映画と違う新しいところか、
というパートだ。

ということは、ストーリーではなく、
二幕前半は、「新しい刺激」というパートなのだ。

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posted by おおおかとしひこ at 00:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月07日

大岡俊彦短編シナリオ集(脚本論からコピペ)

作品置き場カテゴリにも、同じものをおいておきます。
脚本論の「短編シナリオの研究」内の、
大岡俊彦短編シナリオ集です。

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posted by おおおかとしひこ at 20:42| Comment(2) | TrackBack(0) | 作品置き場 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

短編シナリオの研究

5分の短編を数多く書け、と言われても、
世の中に5分の短編がそうそう溢れている訳ではないので、
バリエーションがイメージしにくいかも知れない。

基本は、映画のどこかのシーンをいくつか切り取った規模のイメージだ。
勿論、一本の話になっていなければならない。
3、4シーンぐらいが多いかもだが、
もっと刻んだり、ワンシチュエーションもあるだろう。

コメディなら、お笑い芸人のネタに、
まるでショートドラマのように良く出来た5分もあるだろう。


ちなみに、自分の仕事の中から、いくつかの脚本を公開するので参考までに。
5分丁度は殆どなくて、3分とか10分弱が多かったのは勘弁してほしい。
(予算的に潤沢にあるわけでもないので、派手なものがないのが残念だ)


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posted by おおおかとしひこ at 17:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

お前は今までに食べたパンの数を覚えているのか?

吸血鬼となった、ディオ・ブランドーの言葉だ。
今までに何人殺した?とジョジョに聞かれ、
平然と答える名台詞だ。
(ちなみに最近気づいたのだが、マーロン・ブランドと、
同じ姓Brandoである。ディオはイタリア系の貧しい子だったんだね)

今回はシネフィルの話だ。
今まであなたは、映画を何本ぐらい見ただろうか?

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posted by おおおかとしひこ at 13:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

二幕前半から書きはじめるメソッド2

作品のコンセプトとなる、二幕前半から組み立てるやり方。

二幕前半→逆算で一幕をつくる、
→第一ターニングポイントをつくる
→二幕のスペシャルワールドと一幕の日常の対比をつくる
→センタークエスチョンを想定
→三幕を先につくり、全体の解決をつくる
→二幕前半部からミッドポイントをつくって話を転換、
二幕後半をつくる(二幕前半と後半は逆や対比的関係に結果的になる)


「オール・ユー・ニード・イズ・キル」で、
シミュレーションしてみよう。
(以下ネタバレ)

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posted by おおおかとしひこ at 12:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月06日

モチーフ、テーマ、コンセプトの違い

似たような、「作品の本質」を表す言葉だ。
世間での統一的使い方はないし、
芸術の種類によって、
意味するところや配分が違う可能性もある。
言葉の定義も曖昧だし。

僕は、映画限定で、以下のようにとらえている。

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posted by おおおかとしひこ at 16:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

カット割の基礎6

実写のカット割と、
アニメのカット割、漫画のコマ割は、違うと思う。
漫画やアニメのカット割は、
静止画の為のカット割だと思う。
世の中の動くもの全ての中、「これを静止画で見たい」が、
カット割に現れていると思う。(決めゴマの存在がそれだ)

実写のカット割に決めゴマはない。
あるのはイマジナリラインとアップだ。

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posted by おおおかとしひこ at 13:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ミッドポイントの見本

新作「オール・ユー・ニード・イズ・キル」のミッドポイントは、
分かりやすいもので、しかもアイデアが良かった。
(作品自体もなかなか良かった)

ミッドポイントは、全体の約60分前後にあるもので、
前半戦の文脈を、後半戦に変える大きなターニングポイントだ。
「かりそめの勝利または敗北」とブレイク・シュナイダーは定義する。
第一ターニングポイントからミッドポイントまでの約30分は、
この作品がどういうオリジナリティーを持っているか、
というお楽しみポイントである。
そして、大抵危機が増す。

これを、この映画の例で見てみよう。
(以下ネタバレします)
(7/7追記:以下のミッドポイント、違うかもしれない。
意味的にはミッドポイントだけど、尺的には違うかも。
もう一度見る気はしないので、DVDで確認します)

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posted by おおおかとしひこ at 02:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月05日

5分のシナリオを書こう

400字詰め原稿用紙5枚の分量だ。2000文字である。
シナリオには改行やスペースが多いから、実質2000文字より大分少ない。
手書きでもいいし、
ワード(1ページ20文字40行設定をしたファイルで、2ページ半)でもいい。
シナリオの形式は厳密でなくて、見よう見まねで構わない。

登場人物は、基本は二人だ。
コンフリクト(もめごと)があり、それを解決するのがお話だからだ。
慣れたら三人、四人と増やしていい。
ワンシーンで5人も6人もスポットが当たる場面はそうそうない。
それは、「人が一度に認識できる人数」は2、3人だからだ。
一人の登場人物は、基本的にやめた方がいい。
ナレーション(本人の呟き)を被せない限り、
その人が何を考えているか、深く描けない。
(サイレントで出来る範囲で凄く面白いのを書くチャレンジもあり得る)

それらの登場人物についての、5分の話を書こう。

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2014年07月04日

カット割の基礎5:インサート

カット割とは、今現在進行していることを、
進行していることのサイズで見せることだ。

例外がある。
インサートである。

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少年漫画の面白さと映画の面白さの違い

漫画の面白さは、話が変わっていくことの面白さではないかと思う。
連載という形式だからこそだ。
人気の限り続けるシステム、
満足のいかない最終回(それは人気下降の末だから、
それ以前に詰まらなくなっていて、やっぱり最終回も詰まらない)
がそれを示している気がする。

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2014年07月03日

カット割の基礎4

逆に、分かりにくいカット割とは、
「今何が起こっているか分からないこと」だ。

分かりやすいカット割とは、
「今起こっていることを、的確なサイズで表現すること」以外にはない。

「バイクにかっこよく乗る」のに、アップなどいらない。
バイクのフルショットで最初から最後まで1カットで撮ればよい。
足元や手元や顔のアップなどでカット割するのは、
役者がかっこよく乗れないときに、ごまかす用にすぎない。

カット割は、原則1カットで考える。
カットを割り、サイズが変わるのは、
起こっていることのサイズが変わるからである。
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6サイクル理論(仮):配分その2

24サイクルの小話の中で、大きな構造では、
必ずこのようになっているはずだ。

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台詞を書くことのむずかしさ

映画、ドラマの台詞は、言文一致体にすることは非常に難しい。
文字で書けない台詞が、たくさんある。

たとえば風魔6話のアバンで、
蘭子に鼻を竹刀で殴られた小次郎の「鼻っ!…鼻っ!」という台詞、
風魔12話の陽炎の名台詞、「ああめんどくさい! めんどくさい!」
などは、文字だけをそのまま読むのでは、
あのニュアンスを再現できない。

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posted by おおおかとしひこ at 16:36| Comment(5) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

6サイクル理論(仮):24サイクルの配分

映画脚本は、30分あたり約5分の短編の6サイクルであり、
2時間は約24サイクルで構成される、というのが6サイクル理論(仮)だ。
(詳しくは「ストーリーとは何か」の一連を読んでほしい。
とくに4の、三幕構成との関係に基本的な考え方を書いた)
「約」にかなりの幅があると考えているので、数字は幅をみるべきだ。

この約24サイクルの配分を考えてみる。

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2014年07月02日

前半と後半が、まるで別の話

ミッドポイント(全体の長さの丁度半分での大きなターニングポイント)
が明確な映画は、この傾向にある。

ストーリーとは変化であるから、
前半と後半がまるで違う、というのは変化として正しい。

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カット割の基礎3

カット割とは、サイズのことである。
何をどのサイズで撮るかと、
それを時間軸のどこに並べるか、
すなわち、ストーリーのどの部分がどのサイズで表現されるか、
ということに過ぎない。

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ストーリーテラーとオペレーター2

オペレーターは、何もかも過剰に語らないと気がすまない。
ストーリーテラーは、語らないことで、語る。

未見だった「ビッグ」を、はじめてみた。
ストーリーテリングの傑作だ。
ラスト、リアルではきっと沢山話すことがあるだろうに、
別れの場面ではほとんど話さない。これはわざとだ。
それまでに、話すことは全部話してある。巧妙である。

ヒロインの、「その年は一回生きたから(少女には戻らない)」
というセリフだけが、最後に残る。
あとは何も語らない。
語らないことで多くを語る、傑作だ。
大人にしか出来ない技である。

語りすぎてる癖に何も残らない、「渇き。」とセットで見ると勉強になる。


この時代の映画は、いちいちエピソードに凝っている。
社長と二人で足ピアノを弾くシーン、
パーティーでヤングコーンを食べるシーン、
アメフトの点数の話をして「それが掛け算だ」というセリフ、
初体験後、急に「大人になる」一連、
僕は子供だ、と告白するときに、ただ会話するのではなく、
ピザを捨てる一連の芝居の中で導線をつくっているところ、
どれも一筋縄では思いつかない良シーンだ。
(そして後半にいくほどその数は増える)

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2014年07月01日

カット割の基礎2

カット割をするのは、簡単である。
出来る人は文章が書けるようにカットが割れる。
が、出来ない人は、文章が下手なようにカット割が下手だ。

カット割の原則はたったひとつだ。これだけを覚えておくこと。
「ストーリーの進行に応じて、今見たいものをうつすこと」だけだ。

「カットを変えたことに気づかれないこと」が、
カット割の極意である。
観客の興味の無意識にしたがう「気づかれないカット割」が出来るということが、
ストーリーテラーの能力があるということだ。
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ストーリーテラーとオペレーター

お話を見せるとき、
ストーリーテラーとオペレーターの、二種類の人がいる。

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ストーリーとは何か5: 6サイクル理論(仮)検証

6サイクル理論(仮)を、風魔で検証してみよう。
第一話、第二話の小サイクルは、以下のようである。

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ストーリーとは何か4: 三幕構成とワンサイクル

三幕構成というのは、おはなしの基本だ。
どれくらい基本かというと、
三幕構成とは、「おはなしには、『はじまり』『途中』『おわり』がなければならない」
というぐらい基本だ。

さて、長編脚本を考える。
長編は、5分や10分の短編の繰り返しと思うと良い。
ただ、「終わり」ではなく、「終わらない」になるだけの。
つまり、はじまり→途中→終わらない→はじまり→途中→終わらない…
という繰り返しが、長編脚本だ。
1サイクルは、短編だ。
何かがあって、解決仕切らないうちに、つぎのはじまりが起こるだけだ。
(そして最後の最後に、すべての、唯一の「終わり」がくる)
目の前で起こっていることは、短編規模のサイクルなのだ。
ただ終わらないだけなのだ。

これを巨視的に見ると、大きな話の一部になっているのが、
長編脚本の構造である。
その大きな話の「はじまり」が30分、「途中」が60分、「終わり」が30分、
というのが「全体の」三幕構成だ。

三幕構成からプロットを考えても、
小さなサイクルからプロットを考えても、
どちらでもよい。
「書ける」ようになるには、マクロとミクロ、それぞれが出来ていることが条件だ。

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posted by おおおかとしひこ at 09:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

カット割の研究:「渇き。」の例2

主人公藤島元刑事を追う現在の時間軸は、
過去と対比的に、フィックスでじっくり撮る、
オーソドックスなカット割になっている。
現実の確固たるもの(のはずのもの)が、
過去の加奈子に侵食されるかのように、
加奈子側のカット割へ影響される。
具体的にはカッティングが早くなり、手持ちが増える。

(以下ネタバレ)


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posted by おおおかとしひこ at 00:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする