2014年07月02日

前半と後半が、まるで別の話

ミッドポイント(全体の長さの丁度半分での大きなターニングポイント)
が明確な映画は、この傾向にある。

ストーリーとは変化であるから、
前半と後半がまるで違う、というのは変化として正しい。

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posted by おおおかとしひこ at 18:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

カット割の基礎3

カット割とは、サイズのことである。
何をどのサイズで撮るかと、
それを時間軸のどこに並べるか、
すなわち、ストーリーのどの部分がどのサイズで表現されるか、
ということに過ぎない。

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posted by おおおかとしひこ at 17:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ストーリーテラーとオペレーター2

オペレーターは、何もかも過剰に語らないと気がすまない。
ストーリーテラーは、語らないことで、語る。

未見だった「ビッグ」を、はじめてみた。
ストーリーテリングの傑作だ。
ラスト、リアルではきっと沢山話すことがあるだろうに、
別れの場面ではほとんど話さない。これはわざとだ。
それまでに、話すことは全部話してある。巧妙である。

ヒロインの、「その年は一回生きたから(少女には戻らない)」
というセリフだけが、最後に残る。
あとは何も語らない。
語らないことで多くを語る、傑作だ。
大人にしか出来ない技である。

語りすぎてる癖に何も残らない、「渇き。」とセットで見ると勉強になる。


この時代の映画は、いちいちエピソードに凝っている。
社長と二人で足ピアノを弾くシーン、
パーティーでヤングコーンを食べるシーン、
アメフトの点数の話をして「それが掛け算だ」というセリフ、
初体験後、急に「大人になる」一連、
僕は子供だ、と告白するときに、ただ会話するのではなく、
ピザを捨てる一連の芝居の中で導線をつくっているところ、
どれも一筋縄では思いつかない良シーンだ。
(そして後半にいくほどその数は増える)

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posted by おおおかとしひこ at 01:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする