2014年11月19日

カット割は、必ずしもベストではない

特に予算の少ない映画(日本映画はトップクラス以外は全て低予算)
を見るときは、頭にとめておこう。

カット割は、最も低予算で撮れるようにすることの方が、
現実には多いこと。

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「ドラマとはバトルである」4

日米のコンフリクト、すなわちバトルについてその2で議論したが、
日本の漫画は、黎明期からハリウッドのバトルの輸入だ。
手塚治虫が漫画の神だからだ。
彼はハリウッド映画を研究し、ディズニーも研究し、
その構図やカット割りのみならず、
作劇論すら輸入したのだ。
勿論日本的なバトル物語もあるが、
比較的ハリウッド的な対立衝突のバトル的な話も多い。

日本の漫画は全てここからはじまった。
だから漫画という話は、根本からバトルなのだ。
それがリアル喧嘩でない漫画的な喧嘩になるものを、
一般に「バトルもの」といってリアル文脈から区別するが、
バトルの概念をリアルまで広く考えれば、
漫画とはバトルものである、ということもできるだろう。

僕は故市川準が、最近の若者の書く話は全部漫画的だ、
と嘆いたという話を聞いて、漫画の影響とは何か、
漫画的とはどういうことか、
そうでない話はどういうことか、よく考える。
ハリウッド的な分かりやすい対立軸のバトルが、それに当たり、
日本映画の伝統的物語がそうでないもの、ではないかと思うことにした。
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「ドラマとはバトルである」3

メインになるバトルのストーリーラインを考える。

クライマックス=最終決戦でのバトルの相手がラスボスだ。
このラスボスは、最初から出ているライバル的な敵でもいいし、
後半から現れた、それまでの敵以上の実力者や権力者でもいい。

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2014年11月18日

「ドラマとはバトルである」その2

コンフリクトをバトルと意訳することで、
お話の構造はわかりやすくなる。

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2014年11月17日

コンフリクトは、「バトル」と訳すべきである

以前にも書いたが、コンフリクトを「葛藤」と訳すのは誤訳だ。

対立や衝突、膠着やもめごとなど、文脈に応じて訳し分けるべきで、
「心の中の煩悶」を意味する葛藤のことを指さない。
したがって、「ドラマとは葛藤である」は誤訳である。

その証拠に、weblio辞書を引用してみる。

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ACT 2に何をすべきか

とかくACT 2は脚本家を悩ませる。
しかしぼくは気づいた。
「ACT 2に何をすべきか」という問いは間違いだ。

まず話を最後までつくってから、
「ACT 2はどこからどこまでか」を考えるべきなのだ。

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面白い話のつくりかた

まず、地味だがしっかりした、いい人間ドラマを書こう。
次に、それを新しいビジュアルで表現しよう。
たったそれだけでいい。

新しいビジュアルは、出来れば内容と不可分なものが望ましい。
しかし絶対唯一である必要性はなく、
斬新でありさえすればそれでいい。
(マトリックスは内容と不可分なビジュアルか?
内容を吟味し、それしかない所まで追い込んだものか?
そうではない。斬新さとは一種のファッションだ。
理屈ではないのだ)

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2014年11月16日

映画とは、中編である

映画脚本は2時間で原稿用紙120枚、48000字である。
小説でいえば単行本の1/3から1/2程度だ。
(90分なら1/4だろう)
かといって短編でもない。


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ワンビジュアルの重要性

「きっと、うまくいく」の世界に浸ったまま、
まだその世界から帰れていないのだが、
それにしてもポスタービジュアルが酷いと思う。

あの世界をまるで表現できていない。
だから僕は今に至るまで見なかった。
(情報は口コミだった)
簡単に無視する、詰まらなそうなビジュアルだったからだ。

ではどうすればよかったのだろう。

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人は影響を受ける

人は他人から影響を受ける。
真似する。意図的に、無意識に。(軽め)
感化される。かぶれる。(中程度)
自分のものにする。一生変わらないほどの。(強め)

特に最後のものは、内的成長として重要なことだ。
強めだけではなく、軽めや中程度などの、
影響を受けるのを上手く描くことも、人間を描くことだ。

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主人公の話、つづき

「きっと、うまくいく」をようやく見れた。
傑作だ。
命のほとばしりを見せる、人間の愚かさと素晴らしさを見せる、
原始的な傑作である。
同時に、ムトゥで我々が触れたインドが先進国化している、
一抹の寂しさも感じる。
インドは原始的な人の熱情を保っていてほしい。勝手な願望だけど。

この映画は、小説の映画化であるという。
ここでも主人公の問題が顔を出す。
この映画の主人公は誰?
メガネの写真家?
天才の彼?

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それは、何故面白いのか?

話が途中で書けなくなり、
挫折してしまう原因は、ひとつしかない。

今自分の書いているものが、面白くないと思ったからである。

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何故主人公なのか2

「この話は、成長を描いているのだ」
なんて感想や解説はナンセンスだ。

何故なら、映画とは成長を描くことだからだ。
成長を描いていないのは、映画ではない。
だから、
「この話は○○という成長を描いているのだ」
という感想や解説が正しい描写だ。

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その主人公は、何故主人公なのか

答えを上手く言える映画は大抵名作だ。

能力が最も高いから、または、人物が魅力的だから、
が理由だとすると、きっと詰まらないストーリーだろう。

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2014年11月15日

敵がデカイと、燃える

敵は大きいほどいい。
敵はムカつくほどいい。
敵は理不尽なほどいい。
敵は直接間接に攻撃してくるほどいい。

何故なら、それに一泡吹かせることが楽しいからだ。

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だめな映画を見よう

いい映画が分かるためには、だめな映画を知っておく必要がある。

いい映画だけ見てもだめだ。
だめな映画も沢山見よう。

やり方は簡単だ。
普段見ないジャンルの棚から、適当に一本借りてみるといい。
あるいは飛び込みで映画館に入るといい。

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2014年11月14日

ターニングポイントはどこにあるか

シーンの尻、中、頭でそれぞれのちの構成が変わってくる。

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シナリオの実物

小説ならば完成形をいつでも山ほど見ることが出来る。
比較研究や深く研究したり、写経することも出来る。
漫画も同じだ。
好きな作品なら単行本加筆前の雑誌切り抜きで持っている人すらいる。

しかるに、シナリオの実物を見れる事は滅多にない。
これは、脚本家を育成する上で致命的ではないだろうか。
(大体、2時間48000字の世界なんて、未経験者が想像できる訳がない)

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中盤は、ひたすら面白いことをせよ

中盤を考えることは難しい。
考えれば考えるほど分からなくなる。

そういうときは一度気持ちをリセットして、
「ひたすら面白いことをする」と考えるとよい。

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2014年11月13日

成長の外的表現

何かを得ること。
条件の達成。
失ったものを取り戻すこと。

このみっつがパターンではないかと思う。

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現在しかない

時間をどうとらえるかという問題。

過去や未来は存在しない。
現在だけが存在するだけだ、と考える考え方。

これは物語の否定でもある。
時間と物語の関係のはなし。

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変化の話、例

相変わらずロッキーで例を見よう。

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世界は永遠の変化をする

変化を描くとはどのようなことだろうか。

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2014年11月12日

物凄く大雑把な、変化に関する話

アメリカで産まれる物語は、変化を尊ぶ。
冒険は狩りであり、何かの克服(通過儀礼)である。
その変化を得て、次の場所へゆく。

日本で産まれる物語は、春夏秋冬だ。
出会い、燃え、死を迎え、再生し循環する。
だから重要なのは、変化というより同じ場所での循環。

あくまで仮説である。


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シーン尻の台詞2

ネットで拾った小粋なジョークの例で。

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2014年11月11日

てんぐ探偵の第一ターニングポイント

第一ターニングポイントのおさらいを、
「てんぐ探偵」を例に解説してみよう。

第三集15話が、第一ターニングポイントである。
(ややネタバレにつき、楽しみにしてる方は本編を読んでからどうぞ)

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posted by おおおかとしひこ at 22:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

【てんぐ探偵】第三集、公開!!!

全国四千万のてんぐファンのみなさま、
第三集、解禁。
思い入れのあるエピソードばかりです。お楽しみください。
(二集ラストの予告と若干異なります。あとで直しとくかも)
posted by おおおかとしひこ at 18:53| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

脚本論ってなんだろう

「面白い話には、一定の法則や、決まった構造がある」
と考える。その法則の研究と、実践である。

「その法則にあてはまらない面白さ」が、
あるかも知れない。
あるとしたら、それは理論を追い越した、独自の面白さだ。
理論的な面白さではない面白さかも知れない。

いずれにせよ、理論が全てではない。
面白いかどうかが全てだ。

何も考えず面白いものが書けるなら必要がない。
過去の面白かったものの分析から得られるのが理論である。
未来にも理論が適用できることもあるし、
出来ないこともある。

僕が書いているのは、僕が分かっていることだ。
僕が意識化出来ていない僕の才能とかは、書くことができない。
(例えば風魔5話でラストの小次郎の台詞を入れたのは、
僕の本能で、当時は理論化していなかった)
そして、分かっていないことが本質的な面白さになることだってある。

理論は万能じゃない。限界がある。それを分かることも理論だ。
まあ、コツコツやるしかないってこと。
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4コマ漫画とイコンと映画

昔書いたことあるかも知れないが。

松本人志が言っていたのだが、
「映画を4コマ漫画にしたら」という話をしていて、
それは脚本のトレーニングになると思ったことがある。

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2014年11月10日

外へ向かう物語、内へ向かう物語

物語は大きくふたつに大別できる。
外へ向かうものか、内へ向かうものかだ。

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posted by おおおかとしひこ at 19:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする