2015年01月25日

【幻魔のはなし】コメントが長過ぎるので、記事形式で続けます。

でん様、長文コメントありがとうございます。
やはり平井和正は、我々に長文を書かざるを得ない、何かを残して行ったのだと思います。

HKヒストリーはざっと読みました。
「ひらりん」なる軽みのある人格が、統合をうまく誘導したのではないかなあ、
と予想します。
「ハルマゲドン」以降の、幻魔ほどどろっとしてない感じは、
その軽みへのステップなのかも知れませんね。
(「幻魔大戦」「ハルマゲドン」「ハルマゲドンの少女」までで挫折しました。
「真幻魔」行こうとして、またしても失踪未完と聞いて手を出さず)

以下、個人のプライベートでもあるので、つづきへ。

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posted by おおおかとしひこ at 21:55| Comment(3) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

精神的にタフになれ

前からの続き。

ということは、我々書く者は、
毎回人格を意図的に分裂させ、その間のコンフリクトを描き、
アウフヘーベンとして統合過程を書かなければならない、
ということだ。

心を制御する精神がタフでなければ、
簡単にその世界に持ってかれてしまうのだ。
(タフでなかったのは、芥川龍之介とかか)

これらを上手く同居させてしかも統合するには、
全てを監視する人格が必要であると言われる。

監視して制御せよ。
理解して強制でなく自発的に行動するように誘導せよ。
それぞれのレベルに降り、かつ全体も見よ。
タフであれ。
posted by おおおかとしひこ at 09:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

物語の正体

心の病の理論や解離やらをちょいちょい勉強している。
かつて、別の作品を書いたときに。

今回、多重人格(解離性同一障害)を面白おかしく書くために。
それは、心の迷路はあることを示すこと、
あったとしても抜け方があることを示すこと、
この二つの啓蒙という意味がある、と考えてのことだ。
(それはてんぐ探偵全体のテーマでもあることは、
薄々感じられているとは思う)

人は何故物語を書くのか。
人は何故物語を読むのか。
色々な面からの答えがあり、それらは重なりあうことが多い。
今回は、心の病の面からのおはなし。

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posted by おおおかとしひこ at 09:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする