ある人物が、ある気持ちPから、ある気持ちQへ変化したとする。
性格や人生観が180度変わってもいいし、
思っていたことが変わってもいいし、
気分が変わってもいい。
その変化をRとする。数学的には、Q=R(P)などと書けるだろう。
Rには何が必要か。
X:自分の行動による、状況の変化
Y:他人の行動による、状況の変化
Z:場の変化(特定の人によらないもの)
だと思う。
これをもう少し詳しく見てみよう。
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2015年03月26日
映画と小説の違い:場面しかない
小説を物真似ながら書きはじめて、
今さら入門的なものを読んでいる。
なかなかに面白いここのサイトのこの記事
「読書猿」
2013.10.12 物語は作れたがどんな文章で小説にしていいか分からない人のための覚書
(リンクの張り方がわからんので、記事名でググってください)
によれば、
説明、場面、描写のみっつが小説にはあるそうだ。
しかし映画には、場面しかない。
逆にいうと、小説の説明と描写に当たることは、
映画には出来ない。
映画脚本とは、場面だけで物語を成立させる技術だ。
小説とは、説明、場面、描写によって物語を成立させる技術だ。
映画には描写はない。だって撮るだけですもの。
(正確には、監督の独特の映像センスこそが、
描写に当たる。脚本にそれは書かれない。
ちょっとだけ書かれることはある)
今さら入門的なものを読んでいる。
なかなかに面白いここのサイトのこの記事
「読書猿」
2013.10.12 物語は作れたがどんな文章で小説にしていいか分からない人のための覚書
(リンクの張り方がわからんので、記事名でググってください)
によれば、
説明、場面、描写のみっつが小説にはあるそうだ。
しかし映画には、場面しかない。
逆にいうと、小説の説明と描写に当たることは、
映画には出来ない。
映画脚本とは、場面だけで物語を成立させる技術だ。
小説とは、説明、場面、描写によって物語を成立させる技術だ。
映画には描写はない。だって撮るだけですもの。
(正確には、監督の独特の映像センスこそが、
描写に当たる。脚本にそれは書かれない。
ちょっとだけ書かれることはある)