2015年09月21日

監督と脚本家と役者とスタッフの責任範囲

よくある質問にまとめて答えてみる。

この演技がダメなのは、脚本?監督?役者?
この台詞がダメなのは、脚本?監督?役者?
この絵がダサダサなのは、役者?監督?カメラマン?

この話が詰まらないのは、脚本?監督?役者?

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進撃の巨人後編、たぶん見ないが糞。

Yahoo!レビューの人、ありがとう。
ネタバレであらすじを書いてくれてる人がいた。
俺の1800円を興行収入に入れてたまるか!

ということで、それを信用する限り、
エレン(幼児性全能感)、シキシマ(中ニ的全能感)の、
二人のメアリースーが暴れるのだそうな。
「サンダ対ガイラ」という噂を聞いていて、
エレンvsシキシマになることはなんとなく察せられたが。

しかしそれがどちらもメアリースーだとは。

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posted by おおおかとしひこ at 22:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

シチュエーションを減らすには何が必要か

実践的な話。

制作サイドからすれば、シチュエーションの数は少ないに越したことはない。
セットが10から5になれば、
美術予算は半分になる。
あるいはポジティブに、1セットに倍の金をかける決断もできる。

映画は元々一点豪華主義だ。
あるウリに金をかけて、他は普通、というものだ。
(オールスター映画ぐらいだろう、予算が豊富なのは)

シチュエーション数は、少ないに越したことはない。
しかしただ減らすのは難しい。話が痩せてしまう。
どうすればいいか。

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2015年09月20日

モジュール脚本論5: リライト

上手くいかないとき、または全体が出来ていて書き直すとき、
モジュールで考えると楽になることがある。

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モジュール脚本論4: 大局的文脈

三幕理論の罪は、
第一幕に「設定」という名前を与えてしまったことだ。

実際には、ある焦点がはじまって、
ターニングポイントで次にうつり、
その繰り返しをしているうちに、
様々な状況が揃ってきて、
第一ターニングポイントが起こるだけのことなのに。

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人は、答えが欲しい

人は何故、あの人は私が好きなの?と問うのか。
人は何故、政治に文句を言うのか。
人は何故、宇宙を見るのか。

答えが欲しいからではないかと思う。

人は問う生き物だ。
何故問うのか。答えが欲しいからだ。
答えがわかると、人は快感を感じるように出来ているのではないか?
だからここまで科学や文明は進化したのではないか。

人は何故物語が好きなのか。
そこに、答えがあるからではないかと、僕は考える。

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モジュール脚本論3: マトリョーシカ構造、大局構造

モジュールを複数まとめてモジュールにできる。

シーン単位のモジュールをまとめて、シークエンスに、
シークエンス単位のモジュールをまとめて、ブロックに、
ブロック単位のモジュールをまとめて、幕に。
(ブロック以外は脚本用語だが、
これにあたる単語がないため、ブロックというワードを使った)

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2015年09月19日

モジュール脚本論2: 直列繋ぎと並列繋ぎ

モジュールの記号をこう決める。

…―■
または、
…―〇
とする。

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モジュール脚本論1: モジュールの単位

これまでブロック単位で議論してきたことをまとめると、
なかなかに実践的な話の構造を議論できることが分かってきた。

話の構造はどういうものか?についての理論は、
尺の構成と幕間について定めた三幕構成、
等分の八個の役割について定めたハコガキ、
三幕構成のコメディ特化したブレイクシュナイダービートシート(BS2)、
神話の構成にヒントを得て象徴で行う13ポイント理論、
大岡式トライアングルメソッドなど、
様々なバリエーションがあるが、
巨視的な構造から脚本を俯瞰するものばかりだ。

微視的構造からボトムアップ的に考えるものが、
大岡式モジュール論だ。

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ブロックには、途中などないかも。

僕はいつも二幕が苦手で、
設定と結末は出来た気になっても、
その間の「展開」って何だよ、
ということがいまだにきちんと分からない。
(このブログでも度々仮説は出している)

しかし、ブロックに分けていく考え方では、
小ブロック単位で考えるならば、
展開という途中の部分など、
存在しないのではないか?
という仮説が現実味を帯びてくる。

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2015年09月18日

AのあとにBを言う

言われれば当たり前なのだが、自覚していなければいけないこと。

AのあとにBを言う。
A次第でBのニュアンスが変わってくる。

「カ〜ンチ、セックスしよ」と、
「(パンツを脱ぎながら)セックスしよ」は、
ニュアンス(言葉以上の意味)が真逆だ。

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2015年09月17日

ブロックの結部はターニングポイント

ブロックの冒頭部について詳しく述べたので、
対にあたる結部についても書いておこう。

ブロックの尻は、「つづく」であるべきだ。
その為の一般的なものは、ターニングポイントになることである。

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ボトルネック

工学の研究成果のひとつに「渋滞の理論」というものがある。
僕が数理工学科卒の応用システム工学大学院生だったのはもう20年前だから、
その時の理論から今はだいぶん進化していると思うが、
その時の知識で現実を見てみよう。

何故邦画は死につつあるのか?
今日はボトルネックの話だ。

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2015年09月16日

発見をいれる

昔のCMの企画では、そこに発見がないと平凡だ、とよく却下されたものだ。

新しいものごとは、新しい発見とペアである。

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冒頭の勢い

では、最初の勢いや方向性はどうやってつくるのか。

安易に作ることはいくらでも可能だ。

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ブロックの冒頭は、そのブロックの推進力

脚本は入れ子構造になっている、
などと言われる。
全体は一幕二幕三幕で出来ていて、
その中の一幕の中にまた一幕二幕三幕があり、
またその中に…などと説明される。

僕は昔からこれがさっぱり掴めなくて、
ただのイメージだろうと訝っていた。

最近ようやく自分の言葉になった。
結論から言うと、こういった入れ子構造は、間違いだ。
「ブロックの冒頭に、そのブロックの推進力がある」
ということと、
「お話は、いくらでも小さなブロックに分割出来る」
ということが正しい。

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posted by おおおかとしひこ at 14:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

設定を入れ込みたいなら、ブロックの冒頭に

これもTIPSみたいなものだけど。

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動詞のレッスン

小説家になるためには、
形容詞(形容動詞含む)を、100、200、1000、
すぐに書けるようにならなければならない、
と聞いたことがある。
小説は描写だ、と考える人が残した言葉なのかもだ。
小説家になる方法はよく知らないので、
この真偽についてはここでは問わない。

しかしこれに倣うなら、
脚本家になるためには、動詞を100、200、1000
ぐらい、すぐに書けるようにならなければならないことは、
僕は断言しておこう。

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2015年09月15日

テーマとモチーフの例

ネットで拾ったアメリカンジョークを例に。

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主観的感動は、客観的か

あなたが何かの作品で、猛烈に感動し、
人生を変えるほどの衝撃を受けたとする。

しかし他の人に言っても、それほどでも、と言われたとする。
逆に誰かが猛烈に感動したというのを見てみても、
いやそれほどでも、と思うこともある。

そのことについてどう考えるべきか。
つまり、感動は主観に過ぎないのか。

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邦画は死んだのか?

みんな薄々気づいている。

そこそこ売れた原作と、売れてる芸能人を組み合わせて、
その芸能人のプロモーションにはなるけれど、
「本当に面白かった映画」にならず、
失望し続けていることに。

現状の映画の楽しみ方が、何かとの答えあわせでしかなく、
人生に影響したり、爆発的に感情が揺れるような、
傑作を楽しむものでないことに。
女子供は騙せたかも知れない。
だがそれもそろそろばれてねえか、ということに。

どうしてオリジナルで、見たこともない、
面白い映画が作られないのだろう?
脚本家や監督の才能の問題なのだろうか?

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コンセプト倒れ:ミクロの話

コンセプト倒れを実感するのは簡単だ。
既に書き終わった原稿があるときに限るけど、
梗概を書いてみるとよく分かる。

よくある梗概のフォーマットは800字だ。
あなたの物語のあらすじを、
結末を含めて800字でまとめてみたまえ。

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大プロジェクトほど、コンセプト倒れる

「コンセプト倒れ」という言葉で、
もう少しマクロな話も理解できる。

大プロジェクト、すなわち、
関わる人が多いものほど、
このコンセプト倒れが起きやすいのではないかな。

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2015年09月14日

エレガントな構成は、疑え

脚本は油絵だと思う。
何回も重ね塗りしたり消したりして完成させるものだ。
水彩画や書のような、一発がきでないことは確かだ。

そういう性格のものだと知っていると、
最初に一発でエレガントな構成になったりすることは、
疑ったほうがいい。
多分、最適解ではない。

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2015年09月13日

「俺のターン」なんて言う奴がメアリースー

ずっと嫌いな言葉がある。
漫画における、俺のターンという言い方だ。

ターンといってもくるくる回るわけではない。
番手という意味のゲーム用語である。
将棋は、二人が一手ずつターンを繰り返すゲームだ。
好きなキャラが活躍するときでも、○○のターンとか言う言い方がある。

ターンが終われば出番が終わりで、
またターンが来るまで待つことになる。

これは何重にもおかしな現象である。

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タイトルとテーマ(アンフェア批評3)

もうひとつ気になったものがあるので、
アンフェア批評追加。

「アンフェアなのは誰か?」は、
ドラマ当初、よく使われた扇情的ワードだった。
この答えは、完結編に至るまで、結局出なかった。

このモヤモヤがずっと残るのがこの作品のアイデンティティーなのか?

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ターニングポイントとストーリーのフェイズ

ターニングポイントは、
これまでと状況が変わるポイントだ。
ストーリーにもよるけど、10個から100個ぐらいある。

僕は、ターニングポイントでストーリーのフェイズが変わる、
というような言い方をする。

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女が女に嫉妬する醜さ(アンフェアthe end批評2)

女が書き手のとき、主人公の女に、
自己投影(何故か男にチヤホヤされる)する場合と、
主人公を徹底的に不幸にする場合がある。

持ち上げて落とす、という物語上のテクニックなら分かるのだけど、
一旦不幸になったら、ずっと不幸の道を歩む主人公の女が多い。
これは何でだろう。
女としての自分の不安が投影されているか、
その女に嫉妬しているのではないだろうか。

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おばさんの孤独(アンフェアthe end批評)

2006年、偶然第一話をオンエアで見て、物凄くハマったドラマ。
アネゴと若手の凸凹刑事物と思わせておいての、
どんでん返しの連続。
10年に1本の傑作ドラマだった。
ドラマはね。

10年かかって、何本もスペシャルや映画を経て、
たどり着いたのは、
「パーティーが終わったあとの、オバサンの孤独」だった。

つまりは佐藤某の、メアリースーを見させられたのだ。

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2015年09月12日

【てんぐニュース】第十一集「力の湧く場所」にて、完結!(ちょいちょい上がって来ます)

約一年間、てんぐ探偵シンイチの冒険にお付き合い頂き、
誠にありがとうございました。
完結編、アップです。

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posted by おおおかとしひこ at 22:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする