2015年09月06日

三幕構成は定規に過ぎない

初心者諸君は、三幕構成理論をベースに話を作るべきではない。

話を一通りラフに作ってから、
三幕構成理論的に合ってるかどうかを確認し、
ラフをリライトするときに使うとよい。

続きを読む
posted by おおおかとしひこ at 12:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月05日

ストーリーとは変化のことである7:焦点とターニングポイント

始点と終点を持つ、ひとつの変化、
ストーリーラインについて考える。

一瞬でその変化が終わる短いストーリーラインは、
短編むきだ。
しかし大抵の長編映画では、
二時間かけて徐々に変化が起こるようになっている。

続きを読む
posted by おおおかとしひこ at 12:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月04日

ストーリーとは変化のことである6: 相互作用のストーリーライン

ストーリーは一人だけの登場人物を描くことは難しい。
人間がひとりでに変化することはない。
必ず誰かとなにかをして、その結果変化する。
つまり、相互作用をする。

ストーリーとは全ての人物が変化すること。
つまり、主人公も相手も変化する。
すなわち相互作用による相互変化を書くのが、ストーリーだ。

続きを読む
posted by おおおかとしひこ at 14:44| Comment(5) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ストーリーとは変化のことである5:変化と主人公

主人公に関する誤解がある。

「活躍する人が主人公」である、ということだ。
主人公に観客は自分を投影するから、
大活躍して鬱憤を晴らすのだ、
という誤解だ。

これは感情移入という機構をよく理解していないことから起こる、
初歩的な(たとえば編集やプロデューサーすらもしている)
誤りである。

続きを読む
posted by おおおかとしひこ at 12:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月03日

視覚と聴覚の話

脳の話。

視覚は、空間認識に優れるが、時間認識に乏しい。
逆に、
聴覚は、空間認識に乏しく、時間認識にすぐれるのだそうだ。

続きを読む
posted by おおおかとしひこ at 23:46| Comment(1) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

【風魔】涙出た

風魔パロネタ情報が回ってきたので見てみました。
「銀魂」の世代ではないので、読んだことも見たことないけど。
(直リン貼るのはアレなので、ニコ動で
風○の小次郎再現PV「銀魂ロケット」
あたりで検索すれば出てくるかと)

あまりにすばらしいので、涙出てきた。
俺こんなところで続編つくらなくて何やってるんだろうと、悔しくなったよ。
こんなに愛してくれた人が世の中にいるのに。

(俺だってプロだからどれだけこれを作るのが大変か、それぐらいはわかる。
背景と3Dのモデリングデータが既存で、仮に踊りとカット割が自動生成だとしてもだ)
「銀魂」知ってたらもっと楽しめたのに、残念至極。

なんかがんばる。
本筋は銀魂イベントなんだろうけど、力もらいました。ありがとう。
888888888888888
(厳密には佐野ってる訳だが、
これだけの出来に昇華するのなら佐野ってるとは言わん!)
posted by おおおかとしひこ at 21:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 実写版「風魔の小次郎」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ストーリーとは変化のことである4:構成

ストーリーとは変化だ。
時間軸を持つ、始点から終点への変化の軌道(流れ)である。

それには、伝統的なリズムがある。
変化のパターンが、
ワルツや8ビートや3/4拍子のように、
黄金リズムが見つかっている。

それが構成だ。

続きを読む
posted by おおおかとしひこ at 13:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月02日

文字数の話、雑談

小説「てんぐ探偵」の総文字数。

続きを読む
posted by おおおかとしひこ at 16:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ストーリーとは変化のことである3:興味と同調

何故他人の話でしかない、
自分のことではない、親しい誰かのことでもない、
知らない人の話が面白くなるのか。

二つある。
扇情と、感情移入だ。

続きを読む
posted by おおおかとしひこ at 15:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ストーリーとは変化のことである2:他人の話

続き。

一人のなかの変化を描くのは、
一人称のストーリーだ。

このブログでは映画脚本について考えている。
テレビドラマやショートフィルムのストーリーについてもだ。
それらの特徴は、三人称であることだ。

一人称と対比的に考えるのならば、
三人称のなかの変化を描くのが、
三人称的ストーリーだ。

続きを読む
posted by おおおかとしひこ at 13:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ストーリーとは変化のことである

通常運転に戻ります。

ということで、根本的に考えよう。
我々の属する芸術分野、
ストーリーの特徴とはなにか。

ストーリーとは時間軸があることだ。
時間軸がある、ということは、変化があることである。
(変化しないものは時間軸がない)

続きを読む
posted by おおおかとしひこ at 06:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

アイデアに著作権はない

アイデアとは、実体を持たないものである。
別の表現が可能で、表現形はいかようにも変えられるからだ。

アイデアそのものを、オリジナルとして保護すべきだ。
しかしアイデアには実体がない。
だから実体としての、モチーフや表現形に、
著作権が存在する、という形式で、
アイデアの著作権を守るのである。
モチーフをパクれば、そこに付随するアイデアも、
パクったことになるからだ。

僕はそう考えている。

アイデアにこそ、クリエイティビティがある。
それこそ至高でなければならない。
そのアイデアがいいか悪いかを、議論するべきなのだ。
posted by おおおかとしひこ at 05:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

芸術の定義

僕は、芸術というものはたいして難しくないものだと思っている。
誰にでもわかり、誰にでも味わえるものだと思っている。
一部の人しか分からない至高もあるのかも知れないが、
他の人を拒否することもないだろうと思っている。
美しいとか美しくないとか、
分かるとか分からないとか、
分かってかつ美しいとか、
みんなで議論出来るものだと思っている。

映画は芸術だし、歌も絵も漫画も小説も演劇も芸術で、
デザインも芸術だと思っている。

芸術はアカデミーにこもる一部の権力者のものではない。
歴史を踏まえた評論家が、
大衆にも分かるように解説し、
これのこういうところを踏まえた上で、
こう発展させたのだ、
と解説できるものであると考えている。

理想主義にすぎるかも知れないが、
芸術で理想を語らずして、何で理想を語るのだ。


面白い面白くない、
良くできてるできてない、
美しい美しくない、
機能するしない、
感性と理屈と、意識と無意識の、
全ての交差点に芸術はいるはずだ。

芸術という言葉が、難しい言葉だとしたら、
僕のいう芸術は、文化といってもいい。
芸術と文化に僕は違いがない。
どちらも豊かで、楽しく、時にせつなく、
人生を肯定するものだと思っている。
そこに、少しだけ技術が介在する。
それをアートというだけだと思う。
(だから科学も文化で芸術だ)


僕は、そのような素晴らしいものであるからこそ、
人類の宝であると考える。
誰かの成功はよくやったと称え、
誰かの失敗にはブーイングし、
罪を憎んで人を憎まず、次の作品を待てばいいだけだ。

だから、こっちが知らないと思って、
人の苦労をパクる奴が許せない。
いや、罪を憎んで人を憎まずだった。
人の苦労をパクる行為が許せない。
そのパクりに騙されるぼんくらたちが許せない。
いや、罪を憎んで人を憎まずだった。
そのパクりに騙されるぼんくら行為が許せない。

じゃあ佐野よ。血を吐きながらオリジナルをつくれや。
誰にも認められなくてもいいから、
神様だけに認められ、神様だけには恥ずかしくない、
いいものを作ってみろや。
一円も稼がなくてもいいから、
自分のオリジナル作品で人を幸せにしてみろや。
作者名が残らず、作品が残る人生を選べや。
そんなことやったことないんじゃないのか?
詠み人知らずだが、これはいい、という残り方のほうが、
一代で財をなすことより、僕には理想だ。


パクりだろうがそうでなかろうが、佐野デザインは僕は嫌いだ。
幼稚園のお遊戯としてなら、かわいいねえ、と言えるレベルだけど。
それは、絵柄だけでなく、モチーフとテーマの関係が、
たいして新しい考え方ではないからである。
普段もっと大人の作品を作っていて、時々こういう子供な考え方も必要だよ、
と言うのにはちょうどいいけど。

佐野デザインには手書きの良さが全然ない。
ポンキッキやモンティパイソンで育った、
70年代のアナログ世代にとって、
イラレで書いた幾何学模様はなにひとつグッと来ない。
ウゴウゴルーガが出たとき、
僕はコンピュータのつくる図形は、偽物だと思った。
正確には、イデアだと思ったが実体がないと思った。

我々は実体を持ち、実体として世界に生きて、実体として死ななければならない。
それが、イデアとしてではなく、
実体を使って実体にある秩序を与えたものが、芸術または文化だと思う。

佐野デザインには、その了解がないと思う。
だから嫌いだ。
せめて積み木のパーツを手書きで作っていればよかったのに。
手書きで色を塗っていれば、あんな変な配色にはならないのに。

そうすれば、ガワでなく、考えが大事だと早晩気づけるはずなのに。
血のにじむほど脳が考えたものでないことは、
血のにじむほど脳で考える我々にはバレバレだ。
佐野デザインには、それはいい考えだ、というオリジナルの考えがひとつもない。
(あるかも知れないから、あったら教えてください。
ついでに、佐藤可士和も大貫卓也も大嫌いです)


長々と畳みもせずに書いているのは、
佐野事件は我々の信ずるものを炙り出すのに、
丁度良いからである。

全ての芸術文化に携わる者の踏み絵に丁度良いからである。

それぐらい、僕はこの一件に関して怒っている。

もう一度基本スタンスを書く。
クリエイトの反対は、イミテイト。
創るの反対は、パクる。
創ることは考えること。パクることは思考停止。
posted by おおおかとしひこ at 05:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月01日

9分割になんの意味があるかがデザインである

ヤンチヒョルトのT.と、佐野のTと日の丸は、
佐野が9分割であるから考え方が違うため、
委員会は別物だととらえるのだそうだ。

それは見た目のガワの話だ。
佐野の9分割が、「どんな意味があるのか」が、
デザインである。
どんなコンセプト(意味)を、
9分割というモチーフで示したのか、
という部分(考え方)がデザインだ。

例えば中国では、九は完全数といって世界の完成を意味する。
仮に中国オリンピックで9分割ならば、
「九で世界が完成するから、オリンピックによって中国も完成するのだ、
という意味にしたかった」と言われれば、
成る程と、「腑に落ちる」。

9分割というガワが、何を意味しているのか、
僕には分からない。
(例えば東京の九品仏で行われる九品仏オリンピックのロゴなら、
九にひっかけました、と意味をつけられるだろう)
テーマやコンセプトらしき、
「3つのT」と、「鼓動や日の丸を暗示した赤丸」とも、
9分割は関係ない。

つまり佐野エンブレム(原案、最終形とも)は、
ガワだけがあって、
テーマがない。

テーマとガワがペアで、
芸術は成り立つ。
(AでBを表現する、あたりで詳しく書いた)



ガワがオシャレならば、「一般国民」は誤魔化せたかも知れない。
もし僕のブログを理解している人なら、
それでも誤魔化せなかっただろう、と思いたい。

脚本にとってのモチーフは、
シナリオ原稿に描かれた全ての文字と、
それが表すビジュアル、その動きだ。

それが果たしてなんの意味があるのか、がテーマだ。


佐野エンブレムには9分割なるモチーフで示す、
テーマがない。

おいマスコミ、ここを記者会見で追求しろや。


芸術というものは、
テーマを新しく作ることである。
それを、モダンなモチーフを使って、華麗に表現するものだ。
モチーフが被るのなら、
テーマを維持したままモチーフを変えちまえばいい。
モチーフは服だ。
中身と服の組み合わせ(マリアージュ)が芸術だ。
服だけのものは、芸術ではない。


五輪委員会の答弁は、
芸術の一番大事なところに触れていない。

解答はふたつだ。
デザインとは、そもそも芸術ではない。
佐野デザインは、芸術ではない。

僕は後者だと思いたいが、
日本のデザイン業界が、前者を匂わせている。
僕の主な怒りはこのようである。(大体いつもと同じだが)


9/2追記:ちなみに、この下に僕が怒っているリストを書いておく。
続きを読む
posted by おおおかとしひこ at 22:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「ただし、一度も罪を犯したことのない正しき者だけこの者に石をぶつけなさい」

俺は堂々と石を投げるぞ。
イミテイター撲滅!
posted by おおおかとしひこ at 19:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

タナボタ

自分の話がご都合主義かどうかを見極めるには、
タナボタかどうかを確認するとよい。

続きを読む
posted by おおおかとしひこ at 11:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする