2015年09月20日

モジュール脚本論5: リライト

上手くいかないとき、または全体が出来ていて書き直すとき、
モジュールで考えると楽になることがある。

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posted by おおおかとしひこ at 22:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

モジュール脚本論4: 大局的文脈

三幕理論の罪は、
第一幕に「設定」という名前を与えてしまったことだ。

実際には、ある焦点がはじまって、
ターニングポイントで次にうつり、
その繰り返しをしているうちに、
様々な状況が揃ってきて、
第一ターニングポイントが起こるだけのことなのに。

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posted by おおおかとしひこ at 18:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

人は、答えが欲しい

人は何故、あの人は私が好きなの?と問うのか。
人は何故、政治に文句を言うのか。
人は何故、宇宙を見るのか。

答えが欲しいからではないかと思う。

人は問う生き物だ。
何故問うのか。答えが欲しいからだ。
答えがわかると、人は快感を感じるように出来ているのではないか?
だからここまで科学や文明は進化したのではないか。

人は何故物語が好きなのか。
そこに、答えがあるからではないかと、僕は考える。

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posted by おおおかとしひこ at 17:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

モジュール脚本論3: マトリョーシカ構造、大局構造

モジュールを複数まとめてモジュールにできる。

シーン単位のモジュールをまとめて、シークエンスに、
シークエンス単位のモジュールをまとめて、ブロックに、
ブロック単位のモジュールをまとめて、幕に。
(ブロック以外は脚本用語だが、
これにあたる単語がないため、ブロックというワードを使った)

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posted by おおおかとしひこ at 13:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする