2016年10月06日

テヅカチャートは、因果関係の訓練にとてもよい

以前テヅカチャートを紹介したけれど、
プロット力があるかどうかは、
テヅカチャート的な考え方が出来てるかどうかなんだな、
ということが最近分かってきた。

どういうことかというと、因果関係の訓練にとてもよい。

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posted by おおおかとしひこ at 14:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

テーマはこなれているか?

そもそも創作の初心者は、
テーマがこなれていない。

世の中への主張の仕方が初心者なのである。

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posted by おおおかとしひこ at 01:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月05日

小説と映画は真逆である

小説のもっともいいところは、
文から絵や事情を想像する瞬間にある。

映画のもっともいいところは、
絵から気持ちや事情を想像する瞬間にある。
(最良の台詞は無言である、というハリウッドの格言は、
余計な説明がなくとも、これまでの文脈でこの絵を見れば明らかだ、
という到達点をつくることだ、という意味だと僕は思う)

つまり、結構真逆の本質をもってるんじゃないか?

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posted by おおおかとしひこ at 12:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月03日

逆に、物語はチートを匂わせて現実に戻す

前記事の続き。
チートは麻薬である。
たとえばバトルのインフレや、
天才の覚醒や王族の血は、チートだ。
しかしこれはいずれ破綻する。

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posted by おおおかとしひこ at 10:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

全ての広告はチートである

チートとは、インチキの俗英語だ。
皆が同じルールでやる前提の社会で、
一人だけズルをしてゲームに勝つようなニュアンスである。
(たとえばラスベガスのギャンブルで、
出目をコントロールできるディーラーはチートである)

そして広告とは、
自分だけチートしている感じを与えるものである。

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posted by おおおかとしひこ at 10:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月02日

【日記】サーフェス3充電は、システムが立ち上がってるときに

サーフェス3の充電は、
システム側で電圧をコントロールするため、
「システムを落としたあとに充電コードを繋いでも、
物理的に結線されてるにも関わらず、充電されない」
そうです。
スマホと違うんだね。そんなん、しらんわ。

コツは、
「システムが生きてるときに充電コードを繋ぎ、
充電状態のままスリープさせる」らしいです。
システムを落としても充電されるらしいけど、
どれくらい充電できたか見るには立ち上げなきゃ意味ないので、
僕はスリープでやってます。
スリープでも電池食うらしいので、電源落とすのが一番効率は良さそうですが。


色々問題があるサーフェス3ですが、
「縦書きのワードを、縦使いする」
ということにかけては今のところ一番いいと思います。
去年の冬に買って以来、そういう使い方してる人見たことないけど、
「縦書きの文字書きクラスタ」には是非オススメ。
デジタル原稿用紙特化マシンとしてはかなり優秀です。

構想や執筆は手書きで、メモはスマホか手書きで、
文字うちはサーフェス3で。
ノーパソなんかカスだぜ(他の用途には優秀だけど)。
もちろんデスクトップのデカイモニタとデカイキーボードには勝てない。
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嘘をつくコツは、本当を混ぜることである

我々は嘘つきである。
フィクションというのは、嘘のことだ。
我々は嘘をつくことで、世の中の真実を描く者である。
真実から真実が表現されるわけではない。
より真実を表現しやすいように、
我々は現実をねじ曲げ、
真実の導出に容易なように変形する。

その意味で、我々は真実を語る者であり、
その為に嘘を捏造する工夫をする者だ。

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posted by おおおかとしひこ at 15:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

話の記憶は体に宿る(仮説)2

体に残る以外の記憶、
つまり頭の中に残る話の記憶は、以下のようなもの。

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posted by おおおかとしひこ at 14:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月01日

雑談:効果音の話

映画には様々な効果音がある。
ものの質感や状況を示すのに、
絵以上の表現力を時にもつ。

ところで、
漫画にはよくあるけど、映画にはない効果音を列挙してみよう。

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posted by おおおかとしひこ at 15:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

話の記憶は体に宿る(仮説)

「脳は運動を記憶できない」という仮説に関して、
以前議論した。
だから話や流れというのは記憶しづらく、
場面や絵の記憶になりがちなのだという経験則の裏付けになると。

しかし我々の仕事は流れをつくり、整形し、比較したり、
一部を取り出したり交換したりすることにある。
これは脳でやるより体感覚でやったほうがいいんじゃないか、
という更に進んだ経験則を出してみる。
(運動の記憶は小脳や神経系に刻まれるはずだから、
学術的にもそう間違ってないと思う)

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posted by おおおかとしひこ at 13:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする