2017年04月10日

作品性と興行性

この二つは両立するのか。
僕はずっと両立すると信じてきた。

「メジャーで(興行性)」
「面白いもの(作品性)」
が、天下を取ると。

しかし、アニメ映画「夜は短し歩けよ乙女」
の作品性の失敗に、僕は闇を覗いたような気がした。
(当該作品の批評ではないので、ネタバレなし)

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2017年04月09日

重大なる抗議をする(「夜は短し歩けよ乙女」評)

あの傑作をここまで糞映画にするとは、
なんたる了見か。
責任者は朝まで説教だ。

私は京大生である。学園祭にて、8ミリ映画をずっと発表していた。
作中の映画サークルは私の在籍していた雪だるまプロがモデルだ。
原作者の森見氏とは、同時代に京大にいたので、
私の映画を彼は目撃していた可能性がある。
他にエネルギーを爆発させるすべを知らぬ、
モテナイ野郎共の祭典を、
この映画は踏みにじった。

何もわかってないやつが映画になんかするんじゃねえ。

僕はかつてこの話を実写映画化しようとして、
資金が集まらなくて頓挫した。
マジックリアリズムは、奇術ではない。
本当のことを言うのが怖いからそれを可愛く誤魔化す手段だということを、
何故理解できないのだ。

10億寄越せ。
実写映画作らせろ。
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2017年04月08日

【カタナ式】予告:バージョン5「裸足の絡み」間もなくリリース

物語を書くための配列、カタナ式。
改良に改良を重ねて、
バージョン5を発表します。
(今マニュアル執筆中)

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ストーリーにあって他にないもの

世の中には様々なコンテンツがある。
娯楽から芸術まで、
素人から玄人から達人から商売まで、
様々なものがある。

そのなかで、
ストーリーでないものと、
ストーリーを分けるものはなんだろうか。

ストーリーにだけあるもの。
僕は、それは落ちであると考える。
ひらたく言うと、ストーリーとは落ちのことである。

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posted by おおおかとしひこ at 17:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

最初に前ふっていたことが、途中で解消してしまったら

まれによくあることだけど、
最初に前ふっていた、主人公の動機になるようなことや、
内的問題に関わるようなことが、
途中で解消してしまうことがある。
つまり、実質クライマックスが途中で来てしまったわけだ。

やばいどうしよう。
こんなときの対処法みっつ。

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posted by おおおかとしひこ at 14:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月07日

本名と匿名

前記事の続き。
つまり手書きは本名を名乗ることで、
キーボードは匿名であり続けることだ。

こう考えると、
創作がうまくいかないのは、
匿名でやっていて、本名でやっていないからだ、
などという言い方が出来るかも知れない。

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posted by おおおかとしひこ at 23:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

それでも手書きを捨てないこと

カタナ式が手書きのスピードに追いつき、びっくりした。
しかし仮に手書きを越えても、僕は手書きを止めない。

なぜ手書きのほうがよくて、
キーボード打ちじゃだめなのか。

可塑性(レイアウトフリー)、
紙だから強い(充電や電源心配なし、開けばOK、雨にも強い)、
一覧性、並べて比較できること、
量的質的ニュアンスで色々測れるなど、
手書きが物理的に勝っているところは、
すぐに考えつくことができる。

僕はさらに、「人前に出る意識」というものが手書きにはある気がする。

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posted by おおおかとしひこ at 17:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

名文を書け

当たり前だが、私たちは言葉が唯一の武器だ。
じゃ、名文を書くべきだ。

名文ってなんだろうか。

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【日記】ブログ4周年のご挨拶

さっき脚本添削スペシャルをやるために何周年か調べて、
びっくりしました。もう4年もこんなことやってるんですねえ。

ブログ開設当初は、ただの没企画発表場所にしようと思ってました。
ホームページ作るのが難しそうだったので。
いつの間にか、脚本の書き方や、ストーリーそのものをどう作るのか、
ということを書き始め、現在に至ります。

よくまあ、そんなに書くことあるよな。
当たり前だけど、僕はそれだけ考えている、ということでもあります。
自分の考えを整理するためにも書いているけど、
何かのお役に立てたら幸いです。

どうしても具体的じゃなくて抽象的になっちゃうので、
具体例でやるために、脚本添削スペシャルをやるわけです。
リライトに関する理論もいまだ手探りですが、
実践稽古を見せられれば、と思っております。


いつか脚本家になるんじゃなくて、
次がベストになるようにいつも書いて下さい。
書くたびに前作を越えていけば、
そのうち傑作をものに出来るでしょう。
そろそろどこかで一番弟子がデビューして、
あそこのブログはヤバイぜ、なんていって欲しいものですね。(笑)

無心に、面白い話を、貪欲に書きましょう。
脚本添削スペシャルのご応募お待ちしております。
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2017年04月06日

あえて激怒する

ゲットワイルドのみ36曲を集めたアルバムに、
2曲おなじのがあったって?

人間だからミスをする、と僕は笑わない。
僕は、
ほんとうに音楽が好きな人が担当してないだろ、
と怒りを表明する。

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posted by おおおかとしひこ at 12:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

外し(ゴースト3)

ストーリーに慣れた人が増えると、
怪談も増える。
怪談はつまり、ストーリーへのカウンターカルチャーだからである。

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怪談(ゴースト2)

2chのまとめサイトで怪談とは何かをうまく纏めていた人がいたので、
引用する。

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2017年04月05日

シンプルにいこう

そんなことは分かってるさ。
複雑よりシンプルなほうがいいに決まっている。
シンプルな美しいものが寿命が長いのも知っている。

でもどうしても複雑になってしまう。
魂がこもってしまうからだろうか。

僕はそこに、表現者の「わかって欲しい願望」を読み取るのである。

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posted by おおおかとしひこ at 14:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

原作料を1000万円に上げてはどうか

ヒットしてる原作なら、もっと積んでもいいのではないか。
優れたストーリーの代金として、
100万とか200万は安すぎやしないか?

出版社よ。優れたストーリーを安売りするな。
しょうもない実写化を手厳しく批判せよ。
ストーリーを作るというのは、高度な専門性が必要な、
特殊技能である。
才能や技術料が日本では軽視されている。
才能を金で保護するべきである。

ストーリー部門が優遇されないと、
映画の未来は暗いと思う。
そんなにストーリーを安く買い叩きたいのなら、
ランダムで生成した文章でも原作にしてろや。
posted by おおおかとしひこ at 10:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月04日

流行は何故おわるのか

次を出せないからだ。
逆に次を出し続ければ、流行は継続する。
そのうち何も出るものがなくなって、流行はおわる。

生命のようだ。
テレビという流行は、次を出せなくて終わろうとしている。
映画もゆっくりそうなりつつある気もしている。
日本という流行も、そんな予感がする。

流行が終わるのは、次が出せない時だ。
私や君たちは、次を出すべきだし、出し続けるべきである。
posted by おおおかとしひこ at 22:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

その妄想はどれくらい正確か

頭の中の、壮大で素敵な妄想。
私たちはそれを形にするのが仕事である。

しかし待てよ。
その幸せな妄想は、
妄想だから面白いので、
形にしたらひどく詰まらないことがある。

なぜだ?
何故妄想は、現実化すると途端に覚めるのか?

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posted by おおおかとしひこ at 21:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ゴーストの正体は、確定していないことすべて

幽霊はいるのか?
いるかも知れないし、いないかも知れない。
僕は科学者だから、
いないと確定していないものをいないと言わないし、
いると確定していないものをいるとも言わない。
「どちらも確証がない」と言う。

その「どちらとも言えない不安」こそ、
幽霊の正体ではないかと思う。
逆に言うと、人間には、断言したいという隠れた欲望がある。
そして、物語を駆動する力は、
不安を断言にしていく過程である。

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posted by おおおかとしひこ at 13:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月03日

【カタナ式】手書きスピードにおいつく!

僕にとっては衝撃的なニュースだ。
ついにカタナ式は、僕の手書きのスピードに追い付いてしまった!

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主人公の寄与の度合い

前記事の続き。
そのストーリーに、
主人公はどれくらい関わっているのか。

出番の多さは見かけにすぎない。
主人公の行動によるステップ数/総ステップ数
が、せめて半分以上あるべきだと思う。

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それはどれくらいの規模の話か

これを事前に見積り、把握しておかないと、
「○分もの」という枠内には収まらない。
しかし初心者ほどはみ出しがちである。
大抵オーバーする。

それはきっと、想定より規模の大きな話を作ってしまったからだ。
それらを縮めたり膨らましたりして、
所定の尺へ納めていくのも練習だけれど、
事前に見積もるにはどうすればいいのか。

それは次の問いに答えて見ればよい。
「それは何ステップの話か?」

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2017年04月02日

脚本にストーリー部分はどれくらい入っているか

前記事の続き。
では、そのストーリーの論理的因果関係だけが、
脚本か?

そんなことはない。
ではその何%ぐらいはそうなのか?
その他の部分はなんなのか?

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設定、目的、行動、その結果

前記事までの議論から、
ストーリーを論理的に書く、ということを考えてみる。

設定、目的、行動、その結果、
という要素にわけてみるわけだ。

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みずみずしさを忘れてはいけない

どっちかというと上級者向けの話かも知れないが、
やっぱり最後までそうなんだな、
と、初心者も思ってほしい。

脚本に究極に慣れると、
なんでもスラスラと解決するのだろうか?
才能の泉が溢れて、迷いなく大活躍する主人公が書けるのだろうか?
僕は、そうは思わない。

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2017年04月01日

心を奪われるのは、ストーリーだろうか2

結局、我々が心奪われるのはストーリーではなく、
おそらく登場人物やテーマやモチーフの一部だ。
つまり我々脚本家が一番苦労する部分は、
誰もほめてくれない、と考えるといい。

なぜだろうと考えてみる。
ストーリーは理屈であり、
登場人物などは感情だからだと考えられる。


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会話の書き方

ちょっと根本的な話をしてみよう。
あなたは会話をどうやって書いているか?

なんとなくの方法論はできているだろう。
あるいは無意識に、なんとなくやっていて、
出来る場合もあれば苦手な場合もあるだろう。
会話は難しい。
しかし脚本の分量のほとんどを占める。
会話が書けないやつは脚本が書けないことに等しい。

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心を奪うのは、ストーリーだろうか

私たちは、その物語を、最終的にどう記憶するのだろうか。

僕は、一次元的なストーリーは記憶できず
(短い一文に圧縮したログライン的なものや、
おおまかなあらすじとしての圧縮されたプロットならば、
人によっては可能だが、それは慣れていないとできない)、
写真とか点でしか記憶できないという仮説を立てている。

でも「ストーリーのあの感じ」みたいな記憶はあるような気がする。
それはどういう記憶だろうか。
僕は、それが「人物の記憶」ではないかと思う。

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posted by おおおかとしひこ at 11:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする