2017年04月06日

外し(ゴースト3)

ストーリーに慣れた人が増えると、
怪談も増える。
怪談はつまり、ストーリーへのカウンターカルチャーだからである。

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怪談(ゴースト2)

2chのまとめサイトで怪談とは何かをうまく纏めていた人がいたので、
引用する。

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2017年04月05日

シンプルにいこう

そんなことは分かってるさ。
複雑よりシンプルなほうがいいに決まっている。
シンプルな美しいものが寿命が長いのも知っている。

でもどうしても複雑になってしまう。
魂がこもってしまうからだろうか。

僕はそこに、表現者の「わかって欲しい願望」を読み取るのである。

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posted by おおおかとしひこ at 14:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

原作料を1000万円に上げてはどうか

ヒットしてる原作なら、もっと積んでもいいのではないか。
優れたストーリーの代金として、
100万とか200万は安すぎやしないか?

出版社よ。優れたストーリーを安売りするな。
しょうもない実写化を手厳しく批判せよ。
ストーリーを作るというのは、高度な専門性が必要な、
特殊技能である。
才能や技術料が日本では軽視されている。
才能を金で保護するべきである。

ストーリー部門が優遇されないと、
映画の未来は暗いと思う。
そんなにストーリーを安く買い叩きたいのなら、
ランダムで生成した文章でも原作にしてろや。
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2017年04月04日

流行は何故おわるのか

次を出せないからだ。
逆に次を出し続ければ、流行は継続する。
そのうち何も出るものがなくなって、流行はおわる。

生命のようだ。
テレビという流行は、次を出せなくて終わろうとしている。
映画もゆっくりそうなりつつある気もしている。
日本という流行も、そんな予感がする。

流行が終わるのは、次が出せない時だ。
私や君たちは、次を出すべきだし、出し続けるべきである。
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その妄想はどれくらい正確か

頭の中の、壮大で素敵な妄想。
私たちはそれを形にするのが仕事である。

しかし待てよ。
その幸せな妄想は、
妄想だから面白いので、
形にしたらひどく詰まらないことがある。

なぜだ?
何故妄想は、現実化すると途端に覚めるのか?

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ゴーストの正体は、確定していないことすべて

幽霊はいるのか?
いるかも知れないし、いないかも知れない。
僕は科学者だから、
いないと確定していないものをいないと言わないし、
いると確定していないものをいるとも言わない。
「どちらも確証がない」と言う。

その「どちらとも言えない不安」こそ、
幽霊の正体ではないかと思う。
逆に言うと、人間には、断言したいという隠れた欲望がある。
そして、物語を駆動する力は、
不安を断言にしていく過程である。

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2017年04月03日

【カタナ式】手書きスピードにおいつく!

僕にとっては衝撃的なニュースだ。
ついにカタナ式は、僕の手書きのスピードに追い付いてしまった!

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主人公の寄与の度合い

前記事の続き。
そのストーリーに、
主人公はどれくらい関わっているのか。

出番の多さは見かけにすぎない。
主人公の行動によるステップ数/総ステップ数
が、せめて半分以上あるべきだと思う。

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それはどれくらいの規模の話か

これを事前に見積り、把握しておかないと、
「○分もの」という枠内には収まらない。
しかし初心者ほどはみ出しがちである。
大抵オーバーする。

それはきっと、想定より規模の大きな話を作ってしまったからだ。
それらを縮めたり膨らましたりして、
所定の尺へ納めていくのも練習だけれど、
事前に見積もるにはどうすればいいのか。

それは次の問いに答えて見ればよい。
「それは何ステップの話か?」

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posted by おおおかとしひこ at 12:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月02日

脚本にストーリー部分はどれくらい入っているか

前記事の続き。
では、そのストーリーの論理的因果関係だけが、
脚本か?

そんなことはない。
ではその何%ぐらいはそうなのか?
その他の部分はなんなのか?

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posted by おおおかとしひこ at 17:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

設定、目的、行動、その結果

前記事までの議論から、
ストーリーを論理的に書く、ということを考えてみる。

設定、目的、行動、その結果、
という要素にわけてみるわけだ。

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posted by おおおかとしひこ at 15:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

みずみずしさを忘れてはいけない

どっちかというと上級者向けの話かも知れないが、
やっぱり最後までそうなんだな、
と、初心者も思ってほしい。

脚本に究極に慣れると、
なんでもスラスラと解決するのだろうか?
才能の泉が溢れて、迷いなく大活躍する主人公が書けるのだろうか?
僕は、そうは思わない。

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posted by おおおかとしひこ at 01:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月01日

心を奪われるのは、ストーリーだろうか2

結局、我々が心奪われるのはストーリーではなく、
おそらく登場人物やテーマやモチーフの一部だ。
つまり我々脚本家が一番苦労する部分は、
誰もほめてくれない、と考えるといい。

なぜだろうと考えてみる。
ストーリーは理屈であり、
登場人物などは感情だからだと考えられる。


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posted by おおおかとしひこ at 22:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

会話の書き方

ちょっと根本的な話をしてみよう。
あなたは会話をどうやって書いているか?

なんとなくの方法論はできているだろう。
あるいは無意識に、なんとなくやっていて、
出来る場合もあれば苦手な場合もあるだろう。
会話は難しい。
しかし脚本の分量のほとんどを占める。
会話が書けないやつは脚本が書けないことに等しい。

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posted by おおおかとしひこ at 14:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

心を奪うのは、ストーリーだろうか

私たちは、その物語を、最終的にどう記憶するのだろうか。

僕は、一次元的なストーリーは記憶できず
(短い一文に圧縮したログライン的なものや、
おおまかなあらすじとしての圧縮されたプロットならば、
人によっては可能だが、それは慣れていないとできない)、
写真とか点でしか記憶できないという仮説を立てている。

でも「ストーリーのあの感じ」みたいな記憶はあるような気がする。
それはどういう記憶だろうか。
僕は、それが「人物の記憶」ではないかと思う。

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posted by おおおかとしひこ at 11:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする