2018年12月12日

エキゾチズム

聖闘士星矢の件について、
脚本的なフィードバックを考える。

エキゾチズムはそれだけでなんかやった気になる、
ということ。

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posted by おおおかとしひこ at 13:18| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ついでに予告編を見た(ネトフリ版聖闘士星矢新作)

こりゃ、つまらんわ。
ジャリ番じゃねえか。

瞬を女にまでして作るからには、
Xメンなみのきちんとしたシナリオ構築を望むが、
その規模ではなさそうだ。
レベルが低過ぎて、怒った俺がバカだった。

少女を守る鍛え上げられた戦士、
秘宝を巡る戦いというテンプレ(敵はナチス風でしょどうせ)。
たぶんバットマンビギンズでも同じテンプレ。
それに聖衣と必殺技とコスモのふりかけをかけただけの、
テンプレのガワだけ交換した、
パチンコ風魔みたいな間に合わせ作品になりそうだ。

東映はいつになったらマーベルのようになれるんだ?
このままじゃ日本のアニメは食いつぶされて終わりだぞ?
新作が生まれてないんだから。
posted by おおおかとしひこ at 12:25| Comment(2) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

リライトの時、キャラが勝手に喋る現象

に遭遇した人はたくさんいるだろう。
ストーリーの後半では、
キャラが勝手に動き出すことはとても良くあることだ。
そのキャラが掴めてきたとか、
そのキャラが自分の分身になってきたとか、
そのキャラが自分の分裂した自我として定着した、
ということになるわけだ。

一回書いておしまいならそれは役に立つ。
ところが、リライトをしようとする時、
これは邪魔になる。

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posted by おおおかとしひこ at 11:19| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

物語は快楽であって、政治ではない

瞬の件の続き。
僕の怒りは、
快楽原則で書かれ、快楽原則で受け取られるべき物語が、
政治的事情で改変されていることに腹が立ってるのだろう。

「瞬が女になったことで、快楽が増した」
ことになったらお前の勝ちだ。
聖闘士星矢がこんなに面白くなるなんて!
と俺たちを驚愕させ、感心させてみろ。


今テレビが詰まらないのは、
政治的横槍によって、快楽が減じられているからだ。
昔は番組タイトルにいくつ「過激!!」が付いてたと思うんだ。
ヅラいじりやおっぱいポロリぐらいやれや。

人の快楽は、残酷さとペアだぞ。

物語は政治から自由になるべきだ。
残酷になるのも、快楽を得るのも自由だ。
政治的なことは、政治でやりなさい。
posted by おおおかとしひこ at 02:47| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

おまえなんもわかってへんな

風魔カテゴリかも知れないが、脚本論に絡むので、
脚本論記事で。

聖闘士星矢再アニメ化がアメリカであるという。
瞬が女にされたそうだ。
はあ?

じゃあ麗羅と霧風も女にする?
バカじゃねえの?

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posted by おおおかとしひこ at 00:17| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする