2013年10月12日

ほんものの芸能を見た2: お経は歌だ

祖母の葬式で、浄土真宗のお経を聞いた。ここ数年で聞く機会が多く、慣れてきた。
あれは、訳の分からない謎の呪文ではない。
歌だ。
死を前にして、芸能の力を借りて昇華するのが、人間の知恵なのではないか。

お経には、モンゴルのホーミーと似たような、
口のなかで倍音を同時に出してハモる発声法が、
多数含まれていると思った。

インドや中国やチベットのお経も、テレビで見た範囲では、
同じ発声法だと思う。
集団で唱えればそれは既に合唱だ。
倍音でハモりで増幅された音が、
ゴスペラーズのアカペラと同様の原理で場に響くのだ。
天上の調べが響くのだ。

ホーミーは、一人で低音と高音を同時に発する発声法だ。
谷啓の「ええ」の物真似が近いと昔探偵ナイトスクープで見て以来、
自分でも少々出来る。
モンゴルのホーミー合唱団を生で聞いた事がある。
ハモりによる音響効果が凄かった。
ハモりが何故あんなに心震えるのか僕は分からない。
ただ、ハモりは間違いなく、最も古い芸能のひとつだ。

お経は、一人ハモりの技術だ。
上手い下手がお経にあるのも、歌の上手下手と同じなのだ。
神父は歌が上手くないとなれないという。
讃美歌の上手さこそ神の調べの体現者たる、芸能の力が求められるのだ。
東西の差こそあれ、本質はおなじなのではないか。

はじめてお経の歌詞カードを見た。
正確には経文というのか、漢字の横に、記号のように上げたり下げたりフラットにしたり、
いわば音階のようなものが書いてあった。
元は中国語だから、四声の記号だったのかも知れない
(古代中国語だから、台湾のように六声やそれ以上かも)。
それがいつのまにか音程や節回しの記号に変化した名残だろう。

多少は漢文を読めるので、内容もある程度わかった。
オープニングとエンディングは、信仰の対象である阿弥陀如来が、
どれだけ凄いかの表現だった。
曰く、光が無辺に届くとか、インドから日本まで一瞬に来たとか、未来永劫光るとか。

これが歌に乗せられるということは、ほぼほぼヒーローソングだ。
スペックの羅列を歌に乗せるのは、ヒーローソングの一番盛り上がるところだ。
身長57メートル、体重550トン(コンバトラーV)、
心やさしラララ科学の子、10万馬力だ(アトム)、
すげえ光が端まで届く(阿弥陀仏)。
嗚呼すげえぜ(=南無)阿弥陀仏。
ナムアミダブツとは、ほぼ「嗚呼阿弥陀!」というサビだ。
後半、南無阿弥陀仏が繰り返されるのは、
ほぼCMの連呼ソングと同じである。
微妙に節を変えるテクニックも、上手いと思った。

ヒーローソングとは、出落ちである。
凄いスペックを羅列する静止画的網羅だ。
お経のオープニングとエンディングは、阿弥陀如来のヒーローソングだったのだ。

浄土真宗とは、絶対他力という人間以上の存在に任せることで、
ややこしいことには意味がない、全うに生きろ、あとは任せとけ、
という他力本願(他力=阿弥陀仏)が中心となる宗教だ。
これは高校日本史レベルの知識で、あとは詳しく知らなかった。
お経の本文に当たるところは、
人間なんて小さいから、正義や悪にたいして意味はない(親鸞の悪人正機に近い)、
阿弥陀がまとめて救うから大丈夫や、それより他人に親切にしたり、
先祖の苦労を忘れたりせず、ちゃんと生きようや、
だって人生の最後は阿弥陀が引き受けとるから(大意)
のような事が書いてあった。
これを歌という芸能にしたのがお経なのだなと思った。

浄土真宗関係のかた、間違ってたらすいません。漢文も分からない所多数ありました。


人は、死をどう理解していいか分からない。
死んだ人がどこへ行くのか分からない。
既に死んだ人がどこにいるのかも分からない。
自分が死んだらどうなるかも分からず、死んだあとの地球や宇宙がどうなるかも分からない。
何のために生があり、何のために死があるかも分からない。
何のために自分がいて、何のために神がいて、何のために宇宙があるかも分からない。

洋の東西を問わず、人の死に際して、これらの問いに答えようとしたのが宗教のはじまりだと思う。
幾多の時を経て、それは人の死に際して、
歌という芸能の力で思いを昇華する、そのようなものに収斂してきた。

芸能には、人の心を浄化する力がある。

ほんものの芸能には、そのような力がある。
人を集めて生で行われる何かには、芸能の神が宿る。
そこに芸能の神がいなければ、多くの人が集まる価値などないのだ。


我々は、物語というカタルシス装置を書く脚本家である。
それは、ほんものの芸能になりうるか。
気の引き締まる思いだ。


なお、大阪地方の浄土真宗本願寺派以外では、お経はこの限りではないかも。
去年の伯父の葬式が兵庫尼崎の日蓮宗だったけど、同じ芸能の神を感じた。
キリスト教の彼女に連れられたクリスマスイブのミサでは、ハモる聖歌隊や、
歌の上手い信徒を見た。
また、僕の漢文読解力や、宗教理解もたいしたことないかもです。


11/23追記:別件で調べ物をしてたら、こんなの見つけました。
http://www.youtube.com/watch?v=TbE5HtqU7us&list=PL3182F212DFF60837
服装から、チベット仏教と思われます。ホーミーの聖地ですな。
この低音、どうやって出すんだ。
posted by おおおかとしひこ at 14:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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