では、「割れたせんべい」を図式化してみよう。
分りやすくするため、三幕を区切って示している。
割れたせんべい図式化.pdf
おおむね前に書いたとおりであるが、
図式にかかれた動きを見てみよう。
ACT 1:
おおげんか
せんべいが割れる
けんかの理由が謎として振られる
割れせんべい渡す
東京観光にいこう
ACT 2:
実家→スイーツ店→秋葉原→スカイツリーの移動(実質、話は進んでいないが、見た目のおもしろさ)
けんかの理由が、綾子側から明らかになる(それはまだ祐一に言っていない)
それが中継されていた
「見せたいもの」があると言われる
ACT 3:
それは割れせんべいをウチでもやること
けんかの理由が、祐一側から明らかに
父帰る
割れせんべいに商品名がつき、けんかは仲直りへ
謎が明らかになること、
人の移動、
動きの芝居(けんか、贈答、提案)、
などが動きとして図式にあらわれる。
その動きの原因が、動機というものだ。
動機自体も明かされない謎として、動きに加わっているパターンである。
これがおはなしの正体部分だ。
この動きの結果、
意地を張った初期状態から、元のラブラブに戻る、という夫婦の変化が描かれる。
テーマは、「ずっと、あなたといたいから。」というキャッチコピーが示す。
NHKのメッセージと、夫婦の話のダブルミーニングになっていることは明らかである。
この話の意味は何だったのか、と言われて、
NHKがデジタル化する理由ですよ、というのがその答えだ。
映画のテーマとは違い、これはNHKの広告であるから、
テーマはNHKの「言いたいこと」と一致する。
広告では、言いたいことを先に決め、それに合致するように物語を組んでいく。
いわば逆算である。
が、それは特別なやり方ではない。
映画だって、ラストシーンを決めてから書くことのほうが、最終的には楽である。
冒頭から書きはじめて迷路に入ることは、よくあることだ。
途中で何がやりたいのか分らなくなっている脚本も数多ある。
ものごとが解決する瞬間こそが、最も書きたい瞬間であることは既にのべた。
そのラストへ向かってすべてを巧妙に配置するのは、
逆算以外では不可能である。
さて、前項では実家のシーン(図で言うと二番目の場所)が
この脚本の弱点であることを述べた。
図式にもそれは表れている。
同じ場所で動くことなく、動きが少ない状態で、
情報だけがやりとりされていることが、図からわかる。
つまり、動かない状態が長い。
ここが退屈ポイントになる。
これを防ぐには、
ピボットポイント(スカイツリーのニュース)で、
たとえば二人を「移動」させればよかった。
居間から台所へ、の例をあげる。
せんべいにお茶を淹れる、と綾子は台所へ立つ。
(いちごのミルクが切れた、でもいい)
父がついてきて、何かをしゃべる。(俺もいちごくれ、でもいいし、なんでもいい)
後ろの居間でつけっぱなしのテレビからニュースが流れ、
何気なく振りむいた二人が会話をつづける、
などのように振りつける。
ただこうするだけで、二人がじっと座ったまま会話しているという退屈をごまかかすことが可能だ。
これは脚本に対して、演出(役者の導線)で動きをつける方法論である。
さらに突っ込めば、話に「動き」をつければ、人を動かさなくともよい。
「なんでケンカしたの?」と父に無邪気に尋ねさせる。
「私は、ないがしろにされてる」と綾子は愚痴る。
「だから、私がいないと店が困るってこらしめるの」と言わせれば、
第一ターニングポイントがより明確になるだろう。
話が動く事で、台所への導線は不要になる。
が、これに台所への導線を加えると、
「人の動きが話の動いた所」になるため、
さらによくなる。
原則は、話を動かす(新たに設定される)か、人を動かす。
同時に動くと、強くなる。
最も動くシーンは、祐一が雑誌を渡し、そこにリゾートのことが書いてあるシーンである。
祐一の意図が明らかになる(それは愛ゆえだった)、という話の動きと、
芝居の動き(渡して、見せる)の両方がある。
それが物語のクライマックスになるように、すべての動きが計算されているのである。
なかなかのテクニシャン脚本である。
謎と種明かし、人と話の動き、動機、そしてテーマ。
それぞれを考えつつ、登場人物を同時並行で動かすのが、
作劇という行為なのである。
(短い話だから、三人でよかった。これが5人6人となると大変だ)
次回では、各稿の図式化をして、比較してみよう。
どれも大枠では同じ話だということが、そこから見えてくる筈である。
2013年10月17日
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