脚本の執筆は、前半部が苦しい。
その理由は、最終的に設定すべき範囲が、
最後まで書かないと確定しないからだと思う。
一幕、第一ターニングポイントを経て、
二幕前半からミッドポイントに至るまで、
主人公やその環境、新登場人物の設定や動機やコンフリクトなど、
さまざまなことを設定しなければならない。
(後半部はその風呂敷を畳むこと、というのは既に書いた)
設定しながらも、事件や焦点は進行する。
そのとき、意外とやってしまうこと。
・あとで使えるかも、という設定をしておく。が、結局使わない。
・やべえ、この場面では、もっと前の場面で説明しとかなきゃおかしい。
だからその説明を前の場面にとりあえず挟み込み、そのシーンがたるくなる。
・とりあえず話を進めるために、仮に設定してあとで直そう
などなど。
第一稿を書くときは、全体をとにかく形にすることに気をとられ、
細部の全てに意識が回らない。
後半を執筆するときに、初めて前半で伏線を張るべきだったと思いついたりもする。
第二稿へのリライトでは、これを修正していこう。
設定しすぎを取り除き、その話だけに必要な分にしよう。
どれだけ使うか分からないから多めに設定しているところは、
含みがあって面白い部分でもある。
が、そこが枯れ尾花の幽霊かも知れない。
その謎の期待値を、一端取り除こう。
丸裸のその設定部分は、
その場面でなく他の場面に編入するだけでよくなるかも知れない。
物語の進行と設定のバランスを考えよう。
設定や説明だけしてる場面がないように。
何かの進行中に、なるべく設定しよう。
ちょっと話を整理しよう、という時に初めて皆が車座になる。
それまでは、進行と設定は同時進行が原則だ。
仮に設定した所を、深く考えよう。
それにより動機の深さも、コンフリクトの緊急度も変わってくる。
深いほど解決の鮮やかさが落差を生む。
それがテーマに、深く関わってくることもある。
そのディテールに、リアリティーをこめていこう。
これらを同時に面白く描くためには、
前半部の殆どを場面ごと書き直した方が、実ははやい。
印象的なイコンになるような場面すら、
絵は同じだが文脈が異なるように改造される確率が高い。
(このために、僕は全体像が見える手書きの書き込みを推奨している)
場面自体の前後移動もあり得る。
その場合文脈が変わるので、知ってる前提を省いたり、
逆に知らないことを知らしめるように足さなくてはならない。
で、結局場面自体を書きかえる羽目になることもある。
そうやって、何度も試行錯誤しているうちに、
ベストの分量や世界や情報の描き方に、落ち着いてくる。
後半戦に何を渡すか、最終の焦点と、必要な伏線(前ふり)を
確認し、後半戦の展開と解決へ向かえばよい。
さらに面白くするのは、三稿のリライトでもよいだろう。
二稿は、一稿の情報を整理することかも知れない。
2013年10月26日
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