2014年01月01日

脚本は、行為

世の中に脚本論は、そこここに溢れている。
なんでだろうと考えるに、
脚本とは、体を使うスポーツのようなものに近いからだと思う。

脚本を書くというのは、行為である。
こういった論文的な解説文は、行為というほどではない。
頭に浮かぶことを、まとめながら記録していくだけでよい。
エッセイとか、小説の大部分もそれでよいかも知れない。

スポーツの試合や、創作料理や、作曲や、ナンパに近い。
体を使って、新しいことを何もない空間に刻んでいくことなのだ。
(試合や料理やナンパと違い、あとで書き直しはできる。
その代わり、完璧でなくてはならない)

体でやる行為を、言葉で記述することには限界がある。
既にあるものの解説は出来ても、次に何をすべきかを、
理論立てることは難しい。

その言い方は、料理人の数だけありえる。
こうすれば旨いぜ、旨いってのはこういうことだ、不味いってのはこういうことだ、
というのを、百家争鳴になるのは、当たり前といえば当たり前だ。
料理人はすぐ作れば証明出来るが、
彼らほど我々脚本家は実地で示すことは出来ない。
だから、色んな人が色んなことを言うのだ。


僕がベースにしているのは、
シド・フィールド「脚本入門」(別冊宝島のムック、絶版)
シド・フィールド「脚本を書くためにあなたがしなくてはならないこと」
(前者はワークショップ用のテキストの翻訳、
後者はその書籍化の際に加筆しまくったものなので、複雑になってしまっている)
リンダ・シガー「ハリウッド・リライティングバイブル」
ブレイク・シュナイダー「Save the catの法則」
あたりである。
いずれも良書で、オススメだ。
ただ、ハリウッド式でしかないので、
それ以外の方法論も視野に入れる必要はある。
(各自の個性に応じて探して頂きたい)

参考までに、読破を勧める。
マスターできるかどうかは、これまた行為のハウツー本と同じく、
やってみるしかないのだけど。
posted by おおおかとしひこ at 12:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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