デジタルの本質のひとつは、アンドゥ機能である。
コピペフリー、ダビングフリーを生かして、
何度戻っても、「完全に」元に戻る。
(あるいは、ある素材に対して、同じ工程を踏めば、
全く同じものをつくることが出来る)
これは、一回性という、世界の真実と異なる。
アナログ世界では、過去に戻ることは出来ない。
「今のなし、もう一回」となかったことにするのは、
人と人の間では可能だが、物理的に時間を失う。
結局、過去に戻ることは出来ない。
だから、「決定する」ことが致命的に大事だ。
決定は、可能性の検討の結果であり、
他の選択肢を捨てる意志の表明であり、
ひとつだけの決定に責任を持つことであり、
その決定は一回きりのものであり、
それは覆らない。
人の死、愛、約束、結託と別れ、
シャッターを押す瞬間、編集点を決めてフィルムを切ること、
絵筆をキャンバスに触れる行為、
発したことば、間に合わなかったこと。
人生と芸術には、覆らない、二度と戻らない瞬間がいくつもある。
二度と戻らないことを前提として、人生は組み立てられている。
壊れたモノは替えがきく。しかし時は替えがきかない。
芝居は、二度と同じことは出来ない。
計画し、実行されたものは、取り返しがつかない。
あとでフォローは可能だが、それでさらに傷を広げることもある。
人生と芸術は、アンドゥ出来ないことが前提なのだ。
だから、芸術家は、技術が重要だ。
技術とは、やる前から上がりを予測する力だ。
この迷路の、右へ行ったとき、左へ行ったとき、まっすぐ行ったとき、
ある程度未来が見えるのが、技術である。
現実の不確定要素(化ける可能性、失敗の可能性)を
含みつつ、どちらへ行くかの決定に、予測を無意識にする。
将棋指しは、沢山の手を読むが、全てを読んでいないらしい。
読む局面の、どれをしないでどれをするかが、個性であり、
機械に真似できないところだ。
(おおむねこのへん、は、人工知能には出来ない)
芸術は、経験と技術で、決定し続けることによって形を持って行く。
昨今のCMの仕事場では、デジタルの普及により、
アンドゥ出来ることが前提という錯覚がある。
いつでも最初に戻ってやり直せるという前提の空気だ。
もう戻れないですよ、と忠告すると、途端に焦り出す輩が多い。
仕事とは決定することであり、他の選択肢を捨てることであり、
その決定に責任を持つことであり、その決定で次に進めることである。
デジタルの錯覚が生み出すのは、決定の重みのなさである。
決定はすぐに覆る。
いつまで経っても決定せず、優柔不断なまま、
選択肢の数だけ増えて、全部を用意しなければならなくなる。
崖のエッジにいるべき決断力は安心で鈍り、
決定しないことによる現場の負担は莫大に増え、
最初に戻ることでこれまでの労力が水泡に帰す徒労感は、
エッジにいる現場の士気を削ぐ。
新しく何かを提案することを、今のスタッフはどんどん怖がる。
決定がなく、言い出しっぺの責任だけ問われるからだ。
「それもありですね。両方撮りましょう」は、最悪の言葉だ。
「それはないです」は、嫌われる言葉になりつつある。
選択肢だけを持とうとして、編集室は、
何通りもの組み合わせを検討する場になる。
それは、刺身を料理する、刃筋とワサビと醤油を競う場ではなく、
アンドゥ可能な無限パズルから、探り探り正解を探す迷路になる。
どちらが白熱であるかは、論を待たない。
白熱は、振り切りから生まれる。
テイクはひとつしかない、OKはひとつしかない。
撮り直しは効かない、その場所しかない、
その衣装がベストで、その光は一瞬しかない、
そして役者の気迫は、一回しかない。
人生の一断面をつくるのが、撮影だ。
人生は一回性である。
それを表現するときに、一回性で対峙するから、
白熱が生まれるのだ。
アンドゥ可能なデジタルの発想は、
決して一回性にたどり着けないだろう。
試しに、キーボードのZを殺して作品をつくってみるといい。
想像するだけで胃が痛くなる。
その緊張が、アナログの緊張と気迫である。
その戦場を日々勝ち抜いてきた猛者に、
安心でヌルイ人達が、太刀打ち出来る訳がない。
デジタルは人を幸せにしない。
人をエッジから救ったかも知れないが、
エッジで生き続ける選択肢を奪った。
エッジで生きることが、人の幸せだというのに。
僕は、「サービスは人を堕落させる」という説を唱えている。
サービスは、面倒や不安を解消してくれる、
人の安易な心につけこんだ産業である。
面倒や不安を明け渡した本人はどうなるか。
適当になるのだ。
デジタルは人を幸せにしない。
デジタルは、人を適当という堕落にしたのだ。
何故こんなにもツイッターやブログが炎上するのか。
アンドゥ可能な世界が、一回性の世界のルールに合わないからだ。
2014年01月19日
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