2014年01月19日

デジタルは人を幸せにしない:一回性

デジタルの本質のひとつは、アンドゥ機能である。
コピペフリー、ダビングフリーを生かして、
何度戻っても、「完全に」元に戻る。
(あるいは、ある素材に対して、同じ工程を踏めば、
全く同じものをつくることが出来る)

これは、一回性という、世界の真実と異なる。

アナログ世界では、過去に戻ることは出来ない。
「今のなし、もう一回」となかったことにするのは、
人と人の間では可能だが、物理的に時間を失う。
結局、過去に戻ることは出来ない。

だから、「決定する」ことが致命的に大事だ。
決定は、可能性の検討の結果であり、
他の選択肢を捨てる意志の表明であり、
ひとつだけの決定に責任を持つことであり、
その決定は一回きりのものであり、
それは覆らない。

人の死、愛、約束、結託と別れ、
シャッターを押す瞬間、編集点を決めてフィルムを切ること、
絵筆をキャンバスに触れる行為、
発したことば、間に合わなかったこと。

人生と芸術には、覆らない、二度と戻らない瞬間がいくつもある。
二度と戻らないことを前提として、人生は組み立てられている。

壊れたモノは替えがきく。しかし時は替えがきかない。
芝居は、二度と同じことは出来ない。
計画し、実行されたものは、取り返しがつかない。
あとでフォローは可能だが、それでさらに傷を広げることもある。


人生と芸術は、アンドゥ出来ないことが前提なのだ。

だから、芸術家は、技術が重要だ。
技術とは、やる前から上がりを予測する力だ。
この迷路の、右へ行ったとき、左へ行ったとき、まっすぐ行ったとき、
ある程度未来が見えるのが、技術である。
現実の不確定要素(化ける可能性、失敗の可能性)を
含みつつ、どちらへ行くかの決定に、予測を無意識にする。
将棋指しは、沢山の手を読むが、全てを読んでいないらしい。
読む局面の、どれをしないでどれをするかが、個性であり、
機械に真似できないところだ。
(おおむねこのへん、は、人工知能には出来ない)
芸術は、経験と技術で、決定し続けることによって形を持って行く。


昨今のCMの仕事場では、デジタルの普及により、
アンドゥ出来ることが前提という錯覚がある。
いつでも最初に戻ってやり直せるという前提の空気だ。
もう戻れないですよ、と忠告すると、途端に焦り出す輩が多い。
仕事とは決定することであり、他の選択肢を捨てることであり、
その決定に責任を持つことであり、その決定で次に進めることである。

デジタルの錯覚が生み出すのは、決定の重みのなさである。

決定はすぐに覆る。
いつまで経っても決定せず、優柔不断なまま、
選択肢の数だけ増えて、全部を用意しなければならなくなる。
崖のエッジにいるべき決断力は安心で鈍り、
決定しないことによる現場の負担は莫大に増え、
最初に戻ることでこれまでの労力が水泡に帰す徒労感は、
エッジにいる現場の士気を削ぐ。
新しく何かを提案することを、今のスタッフはどんどん怖がる。
決定がなく、言い出しっぺの責任だけ問われるからだ。
「それもありですね。両方撮りましょう」は、最悪の言葉だ。
「それはないです」は、嫌われる言葉になりつつある。

選択肢だけを持とうとして、編集室は、
何通りもの組み合わせを検討する場になる。
それは、刺身を料理する、刃筋とワサビと醤油を競う場ではなく、
アンドゥ可能な無限パズルから、探り探り正解を探す迷路になる。
どちらが白熱であるかは、論を待たない。

白熱は、振り切りから生まれる。
テイクはひとつしかない、OKはひとつしかない。
撮り直しは効かない、その場所しかない、
その衣装がベストで、その光は一瞬しかない、
そして役者の気迫は、一回しかない。
人生の一断面をつくるのが、撮影だ。
人生は一回性である。
それを表現するときに、一回性で対峙するから、
白熱が生まれるのだ。


アンドゥ可能なデジタルの発想は、
決して一回性にたどり着けないだろう。
試しに、キーボードのZを殺して作品をつくってみるといい。
想像するだけで胃が痛くなる。
その緊張が、アナログの緊張と気迫である。
その戦場を日々勝ち抜いてきた猛者に、
安心でヌルイ人達が、太刀打ち出来る訳がない。

デジタルは人を幸せにしない。
人をエッジから救ったかも知れないが、
エッジで生き続ける選択肢を奪った。
エッジで生きることが、人の幸せだというのに。


僕は、「サービスは人を堕落させる」という説を唱えている。
サービスは、面倒や不安を解消してくれる、
人の安易な心につけこんだ産業である。
面倒や不安を明け渡した本人はどうなるか。
適当になるのだ。

デジタルは人を幸せにしない。
デジタルは、人を適当という堕落にしたのだ。
何故こんなにもツイッターやブログが炎上するのか。
アンドゥ可能な世界が、一回性の世界のルールに合わないからだ。
posted by おおおかとしひこ at 12:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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