2014年01月20日

台詞は嘘をつく

妻が「あなた愛してるわ」という台詞を言ったら、
物語の中では大抵嘘だ。
このあと保険金目当ての殺人か、浮気に発展するものだ。

「別に怒ってないよ」という台詞は、まだ怒っている。
好きだ、とばれないように平静を装って、文化祭の話をする。
社員にクビを伝えるのが難しく、家庭事情の話から入る。

ドラマとは、台詞と本心が別のところを向いていることである。


台詞は嘘をつく。
人間がしょっちゅう嘘をついているかどうかは、問題ではない。
台詞が嘘をついているときに、そこにドラマが生まれている、
ということを言う。

台詞を書くのが下手な人は、馬鹿正直にぜんぶ本当のことしか言わない。

妻「○○が問題だわ」
夫「あの店に行ってみようよ」
妻「なるほど便利だわ。しかも安い!」
夫「僕は君を愛してる。だからこの店に連れてきたんだ」
妻「まあ(夫の手を握る)」

という、わざと下手に作った会話劇を見てみよう。

大抵の下手なCMは、このレベルの会話劇を、ドラマ風と呼ぶ。
ふざけるな。ドラマとは何かを小一時間説教してやる。

何故この会話劇が寒いのか。
人が思ってても言わないことを、堂々と台詞で言うからだ。
人は、思ってることは、基本言わない。
(外人は言うかも)
それを正直に言うのは、よほどのときだ。
言うにしても、何かしらの技法を使う。
暗に匂わせるとか、別のことにたとえるとか。
それをせずにストレートに言うのは、バカだけである。
つまり、こんなCMをつくってドラマ風と称する大人たちは、
全員がバカだ。


まともな会話劇を書いてみる。

妻「○○の問題も解決したし、安かったし、いい店だった」
夫「そう。それは良かった」
妻「あれ?(通りのレストランを見つけ)懐かしい!ここ二人で初めて入った所!」
夫「喜ぶと思ったよ」
妻「ほんとはここに連れてくるつもりだったのね」
夫「そう思ってもいいけど」
妻「…なにを企んでるの?」
夫「企んでないよ。これで、あの店を一生忘れないかな、と思って」
妻「…(振り向くと、あの店がまぶしくみえる。夫の手を握る)」

のような感じである。(正解は、いくらでも創造出来るだろう)
最後まで、夫は愛してるなどと一言も言わない。
にも関わらず、店のことや愛情表現は、ストレートに愛してると言うより伝わる。

これが台詞劇である。

ストレートな物言いでない、
別の言い方で、意思を表現するゲームである。

台詞は嘘をつく。
言い方を変えると、台詞は本心ではない。

本当のことを言うためらい、照れ、恥、恐怖、
だから言い換えること、別のことに託すこと、
これらの方が人の真実である。
本当のことと、言ったことのギャップに、
人の気持ちが入るのである。

言われたことは真実ではない。
言えなかったことの方が真実である。
そして、それが分かるように文脈を組み、
「言わなくても分かる」場面こそ、言葉にならない、
映画にしか存在しない瞬間があるのだ。


もし、「気持ちを正確に言う」にはどうすればいいか、
あなたが悩んでいるのなら、
あなたは台詞を書くのが下手だと自覚した方がいい。
馬鹿正直の側にいる。


台詞と本心は、違うところにいる。
その事に注意しながら、世の中を見渡す訓練を積むべきだ。
posted by おおおかとしひこ at 11:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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