2014年01月22日

あなたのやりたい事が、マックス面白いとは限らない

「監督のやりたいことを実現しましょう」と言うスタッフは、
人がよいかも知れず、人として付き合うにはいいけども、
僕は心底信用はしない。

僕が信用する人は、
「これは面白い(或いは、とてもいい)からやりましょう」と言う人だ。

「やりたい事が、必ずしも面白い事とは限らない」
という当たり前の事実を見る冷静さが、あるかどうかだ。


あなたのやりたい事がようやく見つかった、
或いは形になろうとしているとする。
あなたは夢中でその実現に向け邁進したくなるのも分かる。
だが、それは冷静に見て、ほんとに面白い事だろうか。

当人だけが面白いと思っていて、
実は寒いということもある。
リアルタイムに観客の反応を見て変更出来ない、
映像作品においては、
面白いか面白くないかを判断する目は、
とくにシビアに持っている必要がある。
いつ何時でも、
かつてあった名作たちに比べて面白いのか、
今ある最先端に比べて面白いのか、
将来においてもこれは面白いのか、
どんな人が見ても面白いのか、
そのような目線で、客観的多面的批評的に、
今自分がやろうとしていることを、
冷静に正しく評価する必要がある。

のぼせ上がっている時は、
本人はそれは見えていない。


だから、王様は裸だ、とちゃんと言ってくれる人は大事だ。
その上で、個人的にやりたい事の実現にではなく、
面白いことの実現のために働く人のほうが、
人としての絆より、面白さの絆で繋がれる。

やりたい事ありきではじめたことは、
それ以上に出た面白いことを採用する度量がない。
やりたい事の方が大事で、面白いことが二の次になる。


あなたのやりたい事が、
客観的にマックス面白い事かどうかを、
あなたはフラットに見れるだろうか。
見れない、やりたい事だけやれればいい、
という人はアーティストに向いている。

そもそもこれは面白い事である、
まあまあ面白い事である、
平凡な面白さである、
と自分の作品をシビアに見れる人は、
大衆芸術に向いている。


あなたのやりたい事が、面白い事とは限らない、
と言われて、あなたがドキッとしたなら、
もう少し考えを深めたほうがよい。
posted by おおおかとしひこ at 01:53| Comment(1) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
自分の脚本を出来る限り客観的にみる方法はないのでしょうか?
やはり、数週間くらい寝かすべきですか?
Posted by ジョン at 2014年01月22日 08:32
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