2014年01月22日

「やりたい」は主観、「面白い」は客観

前項のコメントに寄せられた、
ジョンさんの質問に答える形で書こうかと思います。
数週間寝かせるのは良い方法です。
でも、寝かせても客観的になれない人もいます。

結局、本数で慣らすのが良いと思います。
「三年小成、十年大成」でも述べたように、
その感覚をつくるには、フィードバックしながらという実戦が必要です。
世間と噛み合うのに、三年、十年かかります。
自分の作品が2ちゃんやブログで叩かれたり、マンセーされたり、
自分のいないところで自分がどう評価されてるかを知る、
そのような実戦経験が自分にその感覚をつくってゆきます。

アマチュアの間でやるべきことは、
多くの映画好きと議論することです。

何が面白いのか、面白いとはどういうことか、
世の中にはどんな種類の面白いことがあるのかを、出来るだけ知ることです。
滑稽、爆笑、号泣、暖かみ、意外性、先進性、色、光、音、芝居、
魂を震わせること、暗さ、絶望、巧みさ、などなど、「面白さ」を出来るだけ知ることです。
こういうのを面白いと思う人がいる、自分のいいと思うものを全否定する人もいる、
時には大喧嘩しながら、朝まで映画(人生)談義を、
何度も何度も、色んな人としましょう。

映画ってなんだろうね、と答えの出ない問い
(人生と同じく、それぞれがオリジナルの答えを、いつか出す必要があります)
を求め、朝まで語るべきです。
そうやって、客観を、訓練によって伸ばすのです。

僕は大学時代に映画サークルにいて(結局プロになったのは自分一人だけど)、
ほんとに朝まで漫画の話や映画の話や、アイツは否定するなんて話をしていました。
人と映画を見て、その後一杯のコーヒーで何時間も語るのもいいと思います。
いかに他人が、自分と違うかを、知ることが出来ます。
ネットではなく、直接話すのがいいです。(デジタルは代用品)

そのうち、アイツなら○○をどう思うかな、と、
アイツがいないときでも思うようになります。
アイツが一人ではなく、二人三人と増えれば、
あなたのなかには既に複眼があることになります。

映画ずきな彼女をつくるのもよい方法です。
話が合いやすいし、意気投合もしやすいし。
「英会話をマスターするには、外人と付き合うこと」みたいなことです。
僕は大学時代に、何度も何度もその人と、朝になるまで話をしました。
異性という別の原理を一番間近に経験し、その目のあり方を見ておくべきです。
いまだに、これをあの人は面白いと言ってくれるかなあ、
というのはひとつの基準です。

客観は、慣れと場数です。
脚本は、思考ではなく行為です。武道やナンパに近いのです。
場数でこなれるしかないです。

場数をこなすのに、短編を沢山書くのも良い方法です。
僕がCM業界に入ったのは、そもそも場数をこなす為でした。


あと、好み(主観的評価)と、面白い(客観的評価)を分けて考えるのも手です。
好みでかつ面白い、
好みではないが面白い(僕の例「グラディエーター」「クリムゾンタイド」)、
好みだが実は面白くない(例「時をかける少女」大林版)、
好みでもないし面白くない、
というよっつのカテゴリーわけをしてみるのもよいと思います。
世間の評価とか興行成績(儲けは必ずしも出来と比例しない)ではなく、
自分一人で考えてみることです。


逆のことを言います。
思い切り主観的にはじけて下さい。
フルスロットルを何度も何度も何度もやって、
フルスロットルに慣れて下さい。
抜群に面白いと信じることを、死ぬほど書いてください。
自分がフルスロットルに慣れていないと、
いっぱいいっぱいになります。
フルスロットルに慣れると、冷静にフルスロットル出来るようになります。
自分の経験していない状況では、人は冷静さを失います。
俺は冷静さを失っている、と思える冷静さを訓練して下さい。
その状態でも、アクセルベタぶみを恐れない力をつけてください。
まずそれが出来ないと、
フルスロットルでありながら、今やっていることが好みなのか面白さなのか判断する、
判断力も鍛えられないでしょう。


「やりたい事」は、主観的な好みです。
言いたい事ややりたい事ありきは、主観的な主張でしかありません。
それよりも、いい物語は、憑依で書くべきです。
なんだか知らないが、やたら面白い話を、
あなたが発見した、という憑依がベストです。

あなたは、あなたの創作する面白さの第一発見者なのです。
第一発見者として、正確に、面白さを伝えようとしてください。
やりたい事をやるのではなく、
この面白さを、知らない人と共有したいと思ってください。
そうすれば、客観的であれると思います。
しかも、フルスロットルなんです。
つまりあなたはその時点で二人います。
二人目のあなたは、これが何故面白いのか、
どういう面白さなのかを、他人に解説できる筈です。
それは好みではなく、客観的に面白いことだから、
あなたの言葉でなくとも面白さを解説出来るでしょう。

それを客観的に見ているあなたと、三人でコンビでやりましょう。
客観的なあなたは、フルスロットルが時々好みに走ったら、
まあやりなはれと手綱をコントロールし、
それはやりすぎやでとしめるときはしめ、
レポーターであるあなたは、面白さを正確に伝えようとしてください。
そして書くあなたは、フルスロットルで書き続けるのです。
そんな最終イメージを持ってください。

最終イメージを持ちながら、場数を踏み続けてください。

そういう意識を持ち続ける人だけが、
次はもっと上手くやる、という答えを返せる筈です。
(あなたの代表作は?と聞かれたチャップリンが、
next oneと答えたことは有名)
posted by おおおかとしひこ at 13:45| Comment(1) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
大岡さんの書く脚本論の記事は毎回内容が濃く、こんなものをフリーでみて良いのかと心配になってしまうレベルですが(書籍化したらまとめて保存しておきたい意味でも間違いなく買います)、
今回は特に目から鱗が落ちまくる、というほどのものでした。

質問にお答えいただきありがとうございます! ほぼ独学で学んでいるので、制作サイドのプロの方に直接質問に答えていただける機会はめったになく、大変為になりました。

作品を提出するものの毎回ボツになってしまい、客観視について悩んでいたところでした。脚本論の勉強を初めて数年経ちますが、今だ自分は世間と噛み合えてなかったようです。
言われてみると、僕はなぜか作品について人と語ることを拒んでいました、今からでも映画好き、物語好きな友人数人と議論をしてこようと思います。

また後半の複数人の自分で脚本を見直す、という内容も意識してみようと思います。

貴重のお時間を割いてお答えいただき
本当にありがとうございました、これからも応援しております。
Posted by ジョン at 2014年01月22日 16:50
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