2014年02月28日

一言で決めろ

名場面は、どうやって出来るのだろう。
それは、複雑なものを一発で決めたときだと思う。
しかも、一言の決め台詞で。

つくるには、仕込みがいる。
複雑な状況を仕込むことだ。
言葉や説明やプロットを尽くして、
入り組んだ状況をつくっておく。

あとはこのドミノを一気に倒す。
ぷよぷよの連鎖のように、一気にいく。
その快感の中、
たった一言でけりをつける。
その決まった感が、余韻をつくる。

その一言は、それだけで成立しているものではない。
その一言のために、背後に膨大な仕込みが必要だ。
その一言が、これまでの伏線や複雑な事情を、
一発で解消するから気持ちがいいのだ。
決めて欲しいときに、
ぐだぐだご託を並べるのはだめだ。
一発で、決めるのがよい。

古今東西、名台詞や決め台詞が尊ばれるのは、
このような構造を持っていると思う。
時代劇の口上(桃太郎侍の数え歌みたいなやつとか)なども、
定番だからこそ待ってましたの声がかかる。
みんな覚えているからこそ、一緒になって口上に聞き惚れる。
そしてそれは、たいてい名調子の名文だ。


自分の例を出せば、風魔10話の小次郎の一言、
「(いいところの10個目は)強い善人だ、ってこと」
の一発の銃弾のために、
その話全部を使って伏線を張っている。
もっと言えば、1話からの伏線だ。
「いけちゃんとぼく」では「あいしてる」の一言に全てを集約させている。
見たことのない人には、なんてことのない言葉に見えるかも知れないが、
見た人にはそれまでの全ての場面が走馬灯のように甦る。
名台詞とはそのようなものだ。
奇しくも愛の告白が並んだのは、
ことばが決め手になるからかも知れない。

これが名台詞でなく、行動で名場面をつくる手もある。
にしても、一発気のきいた台詞を言えば、
名場面になる。

一言の台詞は、記憶に残りやすい。
長い台詞は覚えにくい。それだけだ。
行動や絵は他人と共有しづらいが、
一言の台詞は、これ、と言うことができる。
だから、一言の台詞は、(記憶に残る)名場面につきものなのだ。


せっかく映画の脚本を書くのだ。
名台詞のひとつやふたつ書かなくてどうする。

名台詞を狙って書くのは難しい。
一言いうだけでプロポーズを決められる人は滅多にいない。
一言を考えるから駄目なのだ。
その一言は、全体の「つくり」からはじまっている。
posted by おおおかとしひこ at 18:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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