さらにこの議論、つづけます。
「幼くとも観客」さまも、「よい作品が一番」ということは同じようなので。
僕は、駄目な作品は、売れてほしくないと思っています。
よい作品が売れて、駄目な作品をつくった人達は淘汰されて欲しいのです。
よい作品をつくるということは、
ものすごく難しいのです。
難しいというのは、一人でつくるのではなく、大勢の人でつくるからです。
よい作品をつくるには、
「よい作品とは何か」という、全員の意識の違うものを、
議論して、ときにはケンカもして、ときには決裂もして、
ひとつの方向に定めることが必要になります。
それは、はっきり言えば、めんどくさいのです。
人はなるべくケンカしたくないし、議論に負けて傷つくのも怖いから、
よい作品に必要な、議論を避けるのです。
とくに、議論する力のない実力のない人ほどです。
そういう人ほど、「売れる」ことを基準にします。
よい作品とは「数字にあらわすことの出来ない価値」のことなのに、
売れたかどうかという数字を基準にするのです。
よい作品をつくる努力、面倒、議論、恐怖、
それらを乗り越えることをやめて安易に売れることは、簡単です。
「若手アイドルを集めてくる」です。
若手なら予算もかからず、オフショットやグッズや握手会などの
「おまけ」を目当てに、一定数売れるからです。
人間は、楽をしたい生き物です。「売れた」実績があればあるほど、
同じ事をして儲けようとするのです。
しんどい仕事をして、よい作品をつくろうとする人たちと、
その人たちが、同じ土俵で勝負しています。
努力に対するコストパフォーマンス、などの「工業的な」基準で考えれば、
楽して儲ける方が合理的なのです。
(儲けるの基準が、短期的ならば楽につくったほうが得です。
しかし長期的に見れば「よい作品」のほうが稼ぎます。
よい作品は、一生、人に影響を与えます。
今「よい作品」が生まれにくいのは、決算をはやい時期にしてしまうからです)
よい作品は、決して合理的な発想からはつくることはできません。
それは、ものづくりの基本です。
大変な努力は、ものづくりでは当たり前のことです。
「悪貨は良貨を駆逐する」ことは、お金というものが出来てから、
ずっと人類が悩んでいることです。
同じ値段なら、ばれない限り、質を落として儲けようという、悪です。
それは、「作品価値がないものは生き残ることが出来ない」
という正当な競争の邪魔をしているのです。
悪貨を駆逐するには、「ばれる」ことしかないのだと思います。
メイキングを有料化するのは、(いまは現実的ではないけど)
とてもいい方法だと思います。本編より高くてもよいかも知れません。
いまや、CDというものは作品としては売れず、
ライブのための歌詞カードにすぎない、という見方も、
音楽業界では定着してきました。
実際、ジャニーズを支えるのは、CDでもなく、映画やテレビやCMのギャラでもなく、
コンサートのチケットとグッズの売り上げです。
それは、「よい作品」をつくる努力を、バカらしくさせてしまうでしょう。
楽曲がすばらしいことが第一だけど、
そうなっていないのが、音楽業界の現状だと思います。
(ジャニーズはそれでも良心的で、新グループの初期の頃には、
いい楽曲を与える傾向があります。ダメな曲は、ベテランに回すのかもしれません)
僕は、映画やドラマを、そのようにしたくないのです。
「ダメな作品は、儲からない」「よい作品が、儲かる」ようにしたいのです。
ファンは、御布施だと思って投資しているのはとても分ります。
僕も中学生のころは、南野陽子のレコードは、駄作でも買っていました。
それは、残念ながら役者本人には届かず、製作委員会の懐に入ります。
その製作委員会は、必ず次も、よい作品をつくる努力はせずに、
同じパターンのビジネスを続けることでしょう。
だって売れるんだもん。
そして、前回も結構売れたから、またこの役者をつかって、同じ事をしよう、
と思うことでしょう。
心ある役者や事務所なら、脚本を読んで断ることもあるでしょう。
しかし、日本人は、「断られ」慣れしていないので、
「生意気だ」とレッテルを貼って、その役者の噂を流すでしょう。
そんな奴らに、絶滅してほしいのです。
そんな奴らの息の根を止めるのは、「作品が駄目なら売れない」にするしかないと思うのです。
「よい作品」とは何か、を考えることは、すごく難しいことだと思います。
僕がこのブログで、飽きずに脚本論を書き続けているのも、
「よい作品とはこういうことをいうのかも知れない」と議論したいからです。
「よい作品」は、(ストーリーものならば)脚本以外からは生まれません。
どんなに回りを固めても、脚本がダメならダメな作品になるのです。
(風魔の舞台がその例です。あの19人がそろっても、いまいちだったんだぜ?
この質問がコメントで寄せられていたので、このことについては、別に書きます)
ダメな作品にブーイングする勇気が、日本人には足りないと思うのです。
アメリカの映画館だと、いいシーンでは拍手が起こり、
ダメなシーンではブーイングが起きます。
悪役が活躍するとブーイングが起きて、ヒーローが倒すと拍手が起こります。
ちゃんと笑い、ちゃんと泣く、詰まらないものは詰まらないと言う、
いいものはいいと言う、素敵な観客たちです。
僕は、そのような観客でありたいと思うし、よい作品をつくりたい人間です。
あなたの応援する役者さんが、どのような人かは分らないですが、
「作品がよくなかったので、買いませんでした」という
ファンのことも大事にしてくれる、志のある人であることを祈ります。
2014年03月05日
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