昔からある、芝居の台詞の言い方だ。
難しくもなんともない。
重要なことばを言う前に、一拍おいてから言う、
その間のことをマクレディの間という。
重要なこと、は、
この場合単語でもいいし、
一行でもよい。
分かりやすい例は、プロポーズに「はい」と返事する前に、
即答ではなく、ひと間とってから言う芝居だ。
「……はい」という、…の部分がマクレディの間である。
(当たり前過ぎるから、即答して、即答かよ!とギャグにふることもある)
このマクレディの間は、
台詞を書くときも使える(ていうか、自然にそうする)が、
また、シーンの中でも使える。
直結して展開せず、
重要な展開の前にひと間あけるのだ。
そういえば、犬の吠えるのが止まらなかった、
とか、不気味な黒雲が広がっていた、
とか、あのときアレが気になったんだけど何だったんだろう、
などの、あとで考えると不思議な間は、
マクレディの間が、台詞ではなくシーンに加えられた例だ。
主人公が登場せず、待ってました!のタイミングまで出てこないのも、
マクレディの間だ。
勿体ぶらせ、と考えることも出来る。
勿体ぶらせるには、今重要な緊急事態が、
上手く描けていることが前提だ。
すぐ次を見たいときに、マクレディの間があると、
やきもきする。あるいは、身構える。
この何とも言えない駆け引きは、脚本家だけがなし得る芸術だ。
緊張と弛緩は、脚本だけに描かれることを許された、
目に見えない観客との駆け引きである。
そのようなものが上手い脚本家もいるし、
全く考えていない脚本に監督が足す場合もある。
いずれにせよ、初心者の脚本にはこれはない。
最初は自分の考えることを書くことで、一杯一杯だからだ。
慣れてきたら、マクレディの間について、考えてみること、
他の表現からこれを見つけること、などについてやってみるとよいだろう。
ストーリーテリングとは、
同じストーリーでも、語り方によって印象操作をすることが出来る、
ということでもある。
2014年03月29日
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