2014年04月02日

CMの企画の仕方

短い物語を考えることは、脚本の参考になるだろう。

CMは、必ず言いたいことがある。
新製品の特徴である。
こうだから、あなたに幸せをもたらす、という理屈だ。

そこから、逆算で組み立てる。




まず、この言いたいことをひとつに絞る。
最近のCMは言いたいことが複数あって、
結局散漫になっている愚かなものが多すぎる。
まずこれを、一番だいじなひとつに絞る。
このひとつを言うことで、他にも想像力が膨らむようなものが理想だ。

これは、物語のテーマ(主人公の学ぶこと。前記事参照)ではない。

下手な人は、これをテーマと思ってしまう。
商品を知らない人が、困った!
そんなときこれ!わあすごい!新しくこれを知って良かった!
という詰まらないパターンは、
CMの言いたいこと=テーマと浅はかに考えた愚行である。

CMの言いたいことは、
大抵革命的に新しいものではない。
聞いたことのある組み合わせや、スペックの延長だ。
これが全く新しいとき、たとえばiPodの出現のようなときは、
言いたいこと=テーマで構わない。
商品名がキャッチコピーになる、
革命的商品のパターンだ。

多くはそうではないから、
CMの言いたいことは、新しいことではない。
だから、テーマを新しくしなければならないのだ。
斬新でもいいし、ちょっと新しいことでもいい。

この場合のテーマとは、
予想がつくだろうが、キャッチコピーである。

キャッチコピーを、商品の特徴を魅力的に言うこと、
と思っているのはド素人である。

キャッチコピーは、商品の価値を表現するものである。
その価値とは、新しく学ぶべき価値のあることだ。
(前回のテーマの記事を参照されたい)
「恋は遠い日の花火ではない」という名コピーは、
サントリーオールドの価値(OLDという名だが古くさいのではなく、
今でも価値を放つこと)だけを言うのではなく、
我々の人生にも新しい発見という価値をもたらす、
両義性がある。
だから名作なのだ。
キューピーの広告は、ずっと野菜と我々についての新しい価値を描き続けている。


このテーマを学ぶ、物語を書けばよい。


ハッピーエンドなら、
その欠如のある主人公が、なんらかの形でそれを学ぶ話だ。
(たいてい、いい話だ)
バッドエンドなら、
それを知らない主人公が、知らない故にひどい目に遭う話だ。
(たいていコントで面白い状況になる)
ビターエンドや微妙エンドはあまりない。
ハッピーエンドやバッドエンドの方が強烈だから。

ストーリーでCMをつくるのは、
このやり方をすればよい。



非ストーリー型には、
いくつかの型がある。
それは、他のエンターテイメントの形を借りている。
歌踊りもの(レビューショウ)、
歌もの(PV)、
映像ギミックで面白がらせるもの(CGや仕掛け)、
着ぐるみ(コント)、
漫才(漫才)、
トークショー(トークショー)、
ニュースに見せかける(ニュース)、
イベントに見せかける(イベントやドキュメント)、
などなどである。
()内にオリジナルを示したように、
これらは全て、パロディの面白さである。
つまり、クリエイティブではなく、イミテイティブの面白さだ。
イミテーションのよしあしは、本物に近づいたかどうかでしか、判定されない。

パロディとは、本来、
元を皮肉ったり、風刺を効かせたり、
その構造を脱構築して相対化することの方法論だ。
その意味でパロディを使わない限り、
パロディはイミテイティブでありつづける。


心に刺さったコピーが最近ない。
新しい人生の価値を、CMに発見していない。

CMのクリエイティビティは、最近イミテイティビティになっている。



映画脚本は、これをもっと大規模に、複雑にやることでしかない。
テーマや物語の骨格が、30秒から2時間の規模になるだけの話だ。
物語の本質、すなわちテーマと物語の関係は同じだ。

実はCMのほうがつくりやすい。
言いたいことが先にあるため、そこに引っ掛けてテーマをつくりやすいのだ。

脚本がつくりづらいのは、引っ掛ける所がないところから、
テーマを0からつくるからである。
posted by おおおかとしひこ at 12:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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