2014年04月08日

線の面白さの例

一見関係のないと思われていた二つのことに、
共通点が見つかる。
実は二つは○○ということだったのだ、
という面白さ。


たとえばミステリー。
容疑者が実は○○村出身ということを隠していて、その村では…
○○と△△は実は腹違いの兄弟で…
別人物と思われていた○○と△△は同一人物で…
実は○○と思われていたものが、△△のすり替えだった、本物は…
いないと思われていた○○が、実はその場にいたのだ、何故なら…

例えば普通のドラマ。
○○さんと△△さんは、実はつきあってる。(昔つきあってた)
○○と△△は、実はかつて同じところにいた。
○○と△△は、実は兄弟(親戚、親子)だった。
○○は、実は△△の末裔だった。
○○は実は偽者で、本物の△△に頼まれていた。

例えば歴史もの。
○○と△△は同一人物。
○○と△△には、××という共通の裏方がいた。
○○は△△と××がつくりだした架空の人物。

などなどである。

どれにせよ、
我々が一見関係ないと思っている二つのことがあり、
それが線で結ばれることでひとつのものになる。
それは物語の図式が大きく変わる瞬間
(どんでん返しと似ているが違う。どんでん返しはAがBになる面白さ)であり、
線で結ばれた「理屈」がある。
理屈は点ではなく、線である。
こういう理屈ならこういうことではないか、
と次に予測や展開、つまり動きをうむ。

繋がっていく面白さ、とでも定義しようか。


これをするには、
当然二つの状況をうまく理解させることである。
ただの紹介ではつまらないから、
それぞれの状況にドラマとして関わるとよいだろう。
今まで自然にドラマの中で使われてきた二つのことが、
実は裏で繋がっていた、
となると、一体これはどういうことだ、
と話が展開してゆく。

どんな話にもよくある、ポピュラーな方法だ。
あっと言わせるレベルから、ほほうというレベルまで、
研究し、いつでも応用できるようにしておこう。
posted by おおおかとしひこ at 20:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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