2014年04月30日

日本語は50音ではない

濁音や半濁音は、この際除いて議論する。
日本語は、5つの母音×10の子音の組み合わせ、計50音である、
(ゐゑなどのもう使用しない例外もあるが)
というのは、かなり初期に習う。
漢字は表意文字で、ひらがなは表音文字、というのも習うので、
ますます、日本語は50音、という意識は我々の中にある。

しかし、
「手塚治虫(てづかおさむ)」の「む」と、
「プレミアムマットレス」の「む」は、
厳密には違う「む」である。(口に出すとわかる)


後者の発音は、
あとに「マ」が来るので、「ムマ」の繋ぎが難しいため、
自然とmのあとに、大きなuではなく小さなuにすることで、
次に繋ぐようにする。
逆に、前者のようなハッキリした「ム」を言うと、
続きを上手く言えなくなる。
後者のような小さなムでは、前者のてづかおさむは言えない。
無断、無視のムも同様だ。

つまり、日本語は、あとに続く子音に影響を受け、
母音が変形する可能性がある。

僕はごく短いワードをきちんと聞き取れるようにする、
CMの経験が長いので、このようなことについて敏感だ。
同じムでも、発音の仕方が違うのだ。


「ん」に三種類あることは、よく知られている。
新橋、新学期、新田開発のンは、それぞれ違う音である。
ローマ字表記では、それぞれm、ng、n表記に対応する。
(英語発音の話でよくでることだ)

ボカロなどの合成音声が何故自然にならないかの、
理由のひとつがこれだ。
同じ文字でも、発音の違いが、前後によって現れるのである。
(さらにイントネーションの上げ下げなどもある)

日本語は、実質複数の音を、ひとつの文字で代用するルールの言語である。


勿論、大声でゆっくりプレミアムマットレスと言えば、
そのムは手塚治虫のムと同一になる。
しかし普通そんな言い方はしない。


逆に、なるべくハッキリと50音で発音されるのが、
アナウンサーの読み方だ。
事実を正確に、感情を含まないように読む読み方だ。
だから、アナウンサーの読み方は一種の職人芸であり、
我々芝居の者とは、真逆の読み方なのだ。

何故なら、我々は感情を言葉に乗せるからだ。


滑舌が悪い役者、とよく言われる。
彼は、恐らく自分の声をマイクを通して聞いたことがない。

マイクは、我々の耳と違う特性を持っている。
役者は、マイク用の発声を学ぶ必要が本当はある。

アナウンサーのようにハッキリしゃべる奴はいない、
人はもっとぼそぼそと喋る、と、浅野忠信は、
今日頻繁に見られるボソボソ芝居をし、
一時代を築いた。リアルだと言われた。
しかしあれは、肉声だと聞こえるのだが、
マイクを通すと難しい音になってしまうことを、
恐らく彼は知らない。

現実の文脈では、全ての言葉を一字一句聞き取る必要はない。
聞き逃したら、え?と聞き返せる。
しかしお芝居では、全ての言葉を聞いておく必要がある。
だから芝居は、アナウンサーほどではないが、
リアルな喋りとは違う必要がある。
そのコントロールの上手い技能が、役者の技能だ。

声優は、職業上、この技能に長けている。
専門知識もあるし、マイクとヘッドホンの経験も長いからだ。

宮崎駿は、声優芝居が嫌だと言って、
声優を使わない方針にして長い。
しかしそれはある種のリアリティーを作ったとしても、
島本須美(ナウシカ、クラリス)や、山田康夫(ルパン)
の名芝居にはとても叶わない。
声優に、きちんと芝居をつけられない、監督の問題なのに。



さて、あなたは、
ここまでわかった上で、発音すべき言葉、
即ち台詞を書いているだろうか。
恐らく否であろう。

台詞を書くのが上手いのは、大抵監督である。
音声言語としての台詞に、普段携わっているからだ。
僕が台詞を書くのがうまいのもこういう経験を沢山しているからだ。

台詞を書くときは、言いながら書くとよい。
(多くのライターは、テープレコーダーやICレコーダーを使っている)
何故なら、小説や漫画と違い、映画の台本の文字は、
「音の原稿」だからだ。

めざわりではなく、耳ざわりで、
台詞は書かれるべきだ。
更には役者の口ざわりで、書かれるべきだ。

目で見る言葉は、頭で考えたものになる。
耳で聞く言葉は、体で聞くものになる。
その差である。


話し言葉に詳しくなろう。
まず日本語は50音でないことぐらい、知っておこう。
posted by おおおかとしひこ at 14:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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