2014年05月19日

「つづく」詐欺3

つづくで思い出すのは、僕が夢中になって見ていた、
「蒼き流星SPTレイズナー」である。80年代半ばの作品だ。
猛烈に面白かった。

僕は高校生でリアルタイムで見たのだが、
火曜日夕5時半だったと思う、部活をはやめに終わらせ、
毎週学校から駅前の電気屋に走って、チャンネルを勝手に変えて、
30分立ち見で夢中で見ていた。
これを超える「続きを見たい」度合いに、僕はまだ出会っていない。
(次点はテレビドラマ本放送時の「アンフェア」(BGM差し替え前)と、
我らが「風魔の小次郎」後半戦ぐらいのものだろう)

その秘密を考えるに、あれは「つづく」詐欺の構造だったのではないか、
と思うのである。


印象的なのはOPの演出だ。
斬新だ。
「予告編のように、今週のハイライトが、
曲の途中にカットインする」のだ。
一番盛り上がるサビ前に、テンションの高い台詞を畳み込み、
デデデン♪ロンリーウェーイ♪と繋ぐかっこよさ。
(文字で伝えるのは非常に難しい)

楽曲がよい。「メロスのように」、秋元後藤コンビの最高傑作の一曲のひとつだ。
この演出で期待感がマックスになる。

物語自体も火星からの「脱出もの」の文法で、危機また危機の連続だった。
そして謎だ。
宇宙人であるエイジが「地球は狙われている」というトップシーン、
彼のレイズナーのV-maxの謎。
引っ張り続け、増えて行く謎。

わずか2クールの第一部は、完璧な出来映えだったと思う。


問題は第二部だった。
第一部の良さは微塵もなくなり、テンション駄々おち。
俺らの夢中は、普通のテンションになった。
3クール目で打ちきりになり、謎が解けることはなかった。
(その後OVAが出て、レイズナーmk2も出たらしいが、
もうどうでもよくなっていた)
奇跡的なバランスで成立していた、「つづく」詐欺の要素が、
第二部にリセットされてしまったことでその構造を見失ってしまったのだ。

似たようなことは、
映画「リング」「らせん」の二本同時公開のときにもあった。
「リング」は抜群の出来だ。
貞子事件の勃発としても、ホラーとしても素晴らしい。
解決は全て「らせん」でなされることを期待させる、
車の走ってゆくエンディング。
しかしその続きである「らせん」では、
一切の要素が緩慢になっていた。
引っ張った謎は、魅力あるものではもはやなかった。

ふたつとも、前半部の盛り上がりは「つづく」詐欺だったのだ。

その証拠に、
謎が解けても、ちっとも満足しない。


レイズナーでは、地球人とグラドス人がもとは同じ種族だった、
というどんでん返しが、最後の謎解きになっている。
でも特に驚くほどの衝撃はなく、辻褄合わせのような気がした。
らせんでは、貞子の正体がわかるんだっけ。
もう覚えてないぐらい、「謎の解明」がたいしたことなかった。


満足いく謎解きは、
前半部に伏線がある必要がある。
それをどちらもやっていなかった。
「つづく」詐欺だったのだ。


「結論なんて出なくていいよ、
引っ張ることだけが目的なんだ」
と割りきるのは、物語への冒涜だ。

オチを必死で考えている人への冒涜だ。
詐欺(事件のみでオチなし)は、
決して本家(事件とオチ)に及ばない。



アメリカのドラマは、ときおりこの現象におちいる。
視聴率がある限り引き延ばす、ジャンプ方式でつくっているからだ。
「つづく」詐欺のオンパレードかどうかはおいといても、
その傾向は強いように感じる。

数年前見ていた「プライミーバル」というイギリスのSFドラマがそうだった。
第一部のラスト「ヒロインは存在しなかった時空へとシフトした」衝撃が、
第二シーズン、第三シーズンへ話がうつるにつれて、
もはやどうでもよくなっていた。
しかも主人公ニックカッターが死んでしまう。
テンションが下がりすぎて、第一部のラストの謎の答えを知らなくても、
もうどうでもいいや、と思ってしまうのだ。

それは、謎をふっておいて、あとは出落ちで間を稼ぐ方法論だからだ。

僕が夢中で見ていたアメリカの連続ドラマ「V」もそうだった。
異星人の侵略もので、人類のレジスタンスの印に、扉に赤く「V」を刻む、
という第一話が圧倒的に面白かった。
この先どのような展開が待っているのか、ものすごく期待した。
実際には、V2、V3と第三シーズンあたりまで続いた記憶があるが、
テンションは下がっていった。
前半部が、「つづく」詐欺であったためである。


「つづく」詐欺は、ちょっと才能のある人なら、
結構作ることができる。
これから先どうなるのか、作者ですら読めない、
ハラハラするような冒頭部だ。

しかし、多くのそれは、中盤で急にテンションがさがり、
解決部に至ってはもう誰もついてきていない。

CMで思い出したが、大友克洋がやった「FREEDOM」という
カップヌードルのCMがあった。
あれも「つづく」詐欺であったように思う。


「つづく」詐欺はなぜ起こるのか。
安易に刺激的な事件だけを考えて、「オチ」を考えていないから起こるのだ。
「それはこの先のお楽しみ」と嘘をついて、
自転車操業でつくるから起こるのだ。

本当のストーリーテリングとは、
謎解きの答えは、すでに最初に伏線として埋め込まれていなければならない。
だから、結末(オチ)を先につくってから、
魅力的な冒頭部(事件)をつくるのである。
そうしない限り、事件に伏線は仕込めない。

事件を考えて、次にオチをつくるのではないのだ。


オチを作りきれず、事件だけで引っ張るのが「つづく」詐欺なのである。
posted by おおおかとしひこ at 16:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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