2014年05月20日

映画は何故二時間か

劇場映画は、約二時間が暗黙のルールのようになっている。
もちろん三時間四時間の大作もあるし、
90分の小気味よい小編もある。(昔二本立ては90分ぐらいのが二本だった)
30秒、1分、5分10分15分30分などの短編は、
それ一本で単独上映されることはないだろう。

何故約二時間なのか。
僕は、観客の疲労度の説をとる。


心理学的な法則で、
「一緒に苦労したほうが情がわき、満足する」
というものがある。
文化祭などで一緒に苦労した人を好きになったり、
結婚式でも、オプションを選ぶだけでなく自分たちで苦労して催したほうが、
いい式だったという満足が残る。

ハリウッドの脚本に関する格言で、
色々な感情を出来るだけ引き出せ、
笑い、泣き、怒り、感動など、バラエティーに富ませるだけ富ませて、
観客をへろへろにさせろ、
というものがある。


要するに、二時間は疲れるのだ。
その適度に心地いい疲労が、満足感に寄与するのである。


短いものはあまり疲れないから、もう一本見てもいいかと思える。
大作は疲れすぎるから、その疲労度に見あった、
よほど骨太ないいもの以外は願い下げだ。(完成度への要求も高い)
疲労度と面白さの案配が、バランスのいいのが二時間なのだ。


人間の集中力は、15分をサイクルとする。
それが8セットあれば二時間だ。
110分(このサイズが名作が多いという俗説あり)なら7セットだ。
90分なら6セットで、少し疲れない。
2時間15分、9セット以上は、疲労度が大きい。

15分サイクルの、7、8セットに適した娯楽が、
映画というフォーマットだと思ってよいだろう。
オペラや演劇やライブの、生の疲労度と、
テレビ画面の疲労度と、
映画館での疲労度とは、微妙に違うだろう。
が、どれも二時間未満では、満足する疲労度は得られない気がする。

ただでさえ映画には当たり外れがある。
それも含めて、二時間という経験的フォーマットが定着したのではないか。
posted by おおおかとしひこ at 14:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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