2014年06月06日

初心者講座17:時間の省略

映画はリアルタイムに時間が進むメディアだ。
しかし、実は「時間のコントロール」も同時にやっているんだ。

省略、フラッシュバック、カットバックの、
みっつの使い方を知っておこう。


最もオーソドックスなお話の語り方は、
事件発生から解決まで、時系列順に語る方法だ。
これで面白い話が書けるに越したことはなく、
これ以上のテクニックはなくてもいい。

ある程度それで面白い話が書けるようになったら、
以下のみっつを考えてみるのも悪くない。

省略:

間を描かず、時間を飛ばす方法。
1→2→3とあったら、2を省略する。
繰り返しを省略してテンポをあげる、
2を見せず結果だけ先に見せ、いったい何があったのかを想像させる、
あるいは謎のフリとする、
などの為に使う。

大胆な省略は、文学のキモになるときもある。
「ニューシネマパラダイス」の中のエピソードで、
王妃の窓の下でずっと待った男の挿話があるが、
彼の行動の理由(語られない)が、ずっと引っ掛かっている。
その気持ちは分かるが、その現象をどう説明していいか分からない、
その名前のつけがたい感情について、
僕はいまだに思い出すことがある。
それゆえに、この作品をずっと忘れられないでいる。

皆まで語らず、あとはご想像にお任せします、
は話上手ならうまいことやる。
下手がやると、単なる「分からない話」になるので注意されたい。
最初は狙わず、こういうのもあると知っておくことだ。


フラッシュバック(回想):

1→2→3→4と時系列があるところに、
2→3→1→4と、間に過去を挟み込む方法。
一瞬インサートされるのをフラッシュバック、
ワンシーンぐらい長い回想を、回想シーンとよぶ。

完全殺人の犯人が捕まったとき、
そのトリックを解説するのは、回想シーンである。
子供の頃のエピソードを挟むのも、回想シーンだ。
過去のトラウマが一瞬甦るのは、フラッシュバックが多い。
(文字通り、白い光をブワッと挟んで挿入されることもよくある)

回想のいいところは、
あとづけで色々足せることだ。ネタバラシもやりやすい。
だから、初心者ほど回想を使いたがる。

初心者が書いた脚本ほど、回想シーンが多い。
回想シーンなしに挑戦するのは、
あなたの甘えを取る練習になるだろう。
甘え?そう、回想シーンには大きな欠点がある。
初心者は知らずについ便利だから使ってしまい、欠点に無自覚なんだ。

回想シーンの欠点は、
「現在の焦点を中心とした、現在のストーリー進行が止まってしまうこと」だ。
もう少し現実的に言うと、
「今進行中の話より、過去の話のほうが面白くなってしまうこと」だ。
下手な脚本だと、
過去の話は面白かったのに、現在に戻ってきた瞬間、
詰まらなくなってしまうのだ。

これを防ぐには簡単だ。
回想シーンあけに、ストーリーが更に面白くなれば、
その回想と現在の関係は正しい。
そうでなければ、回想を使わないこと。
(下手な例をひとつ。うんこ映画「ガッチャマン」の中で、
ケン、ジョー、ナオミの過去の因縁が語られる、
長い回想シーンがある。その話がたいして面白くないどころか、
回想あけが、もっと退屈になる!)


カットバック(同時進行):

複数の場所で、別々のストーリーラインが同時進行すること。
テレビ中継が切り替わるように、複数の場面を同時進行させるのがスタンダードだ。

これは映画編集の醍醐味のひとつで、エイゼンシュテインに発見されて以来、
ダイナミックな心理や状況の描き方として、
緊迫感を煽る方法としてポピュラーだ。

たとえば、ストーリーラインABCのみっつがあって、
それぞれ123の段階があるとして、
A1→B1→C1→A2→B2→C2→A3→B3→C3
などのように見せる編集だ。
ABCの順は、守らなくても構わない。

とくにストーリーラインが二つのとき、
つまり同じ時刻の二つの状況を、カットバックということが多い。
(みっつ以上は、○個のカットバックなどという)
二つの状況を対比的に使うことで、
意味をハッキリ見せることに使う。


カットバックは非常に映画的だが、
これも欠点があるから注意!

カットバックの欠点は、互いが関連しないなら、
関係ないものをずーっと見させられているだけ、
になることだ。

典型的なものは、クリストファー・ノーランの映画で、
「ダークナイト」も、「ダークナイト・ライジング」も、
「インセプション」も、
絡み合わないストーリーラインの同時進行を、
延々と見させられているだけの映画だ。
この講座の最初の方で群像劇を否定したが、
彼の映画は同時進行する群像劇に成り下がっているのが大きな欠点だ。
(ダークナイト信者は、この点に反論できるならしてみたまえ。
僕はダークナイトを、この一点で全否定する)
僕は、彼にはストレートなやり方でものを語る才能はないと思う。


カットバックを使うのは楽しい。
いつかそのストーリーラインは絡むこと。
Aストーリーの人物と、Bストーリーの人物が、
もめたり絡んだりすること。
これをするために、カットバックで盛り上げる、と思うこと。



映画は時間を扱う芸術だ。
その基本は、時系列順に、ストレートで語ることだ。
これが出来るのなら、これらの変化球は奇道でしかない。
時系列操作は、中級者以上の技と思おう。
posted by おおおかとしひこ at 23:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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