2014年06月22日

物語の効用とは、現実の異化である

難しいことを言ってみたが、誰もが経験していることだ。
独特の世界にいって帰ってきたとき、
物語でない我々の現実が、ちょっと違ってみえることだ。

マトリックスを見たとき、この現実は仮想だったり、とか、
幽霊はマトリックスのバグで、とか、
本当の世界で目覚めるために今の現実があって、と考える遊離感がある、
そのようなことだ。
思う力が強ければ、俺も弾丸を避けられるかも知れない、
と夢想することだ。

ドラえもんを見たとき、机の引き出しが未来に繋がっていやしないか、
と夢想することだ。

現実は、物語体験によって別の見え方をするのだ。


現実は、現実の意味がある。
それは動かしようのない、変わらない真理だ。
それを、別の可能性で見ることを異化という。

いじめられっ子は、
苛められている現実を変えられない。
しかし、物語の中でいじめを変える体験を積むと、
変えられない現実が、物語の中のように変えられるものではないか、
と「考え方を変える」ことが出来るようになる。
それまでは動かない現実と思われていたのに、だ。
実際、現実を変えた人もいると思う。
100人いて1人ぐらいかも知れないが。

しかしそれは、それを見るまでは考えもしなかったような、
「現実の新しい見方」を手に入れる行為なのだ。


マトリックスに話を戻すと、
この世界は仮のものではないか、という考え方のシフトは、
失敗してもいいや仮だし、という勇気を現実に与えるかも知れない。
思えば弾丸を避けられるかも、という考え方のシフトは、
思いを現実化する創作分野への転向を後押しするかも知れない。
マトリックスは単なる二時間ではない。
それを見て現実を、別の考え方が出来るようにした、
思想でもあるのだ。


これは、かつて宗教と科学と物語と哲学が一体になっていた時代、
宗教が担っていたことだ。
現実はこの現実だけでなく、ある別の原理によって支えられていること。
神話、天国と地獄、輪廻転生などは、そのような機能である。
それは、方程式や図式ではなく、
「物語」の形式でのみ伝達されることに注意されたい。

科学はこのうち実証再検証可能なことだけを抽出して、発展を遂げた。
神の科学的実在は、人類が宇宙に出るまで論争された。
それは、今見ている現実の裏に、見えないどのような原理が真にあるか、
という「見方」の問題なのだ。


ある種の自己啓発本や新興宗教は、
いまだにこれをやっている。
「モテ」についての指南書もそうだ。

厳然と存在し、強固に変わらないと思える、
冷徹な現実に、
誰も気づいていなかった、
別の考え方や可能性を見いだせるものを描くこと。
これが物語である。
物語とは、現実を異化する行為だ。



授業に退屈した高校生が窓の外を見て、
雲の形が変わったり、軍隊が攻めてきて授業が中止になんねえかなあ、
と思う夢想は、物語である。
現実を逃避し、現実を異化することで、
現実の別の可能性に気づくのだ。
(軍隊に壊される程度なのだから、授業には大した強制力はないと安心することなど)

勿論、それは一人称の個人的な物語だ。

映画はマス対象の文学だ。
三人称形式で、誰もが思う現実を、誰もがワクワクするように、
異化してみせねばならない。
それを競うのだ。


「この現実とは全く違う別世界」を描くのは、
そこに現実逃避させて、現実を異化するためだ。

異世界ものが物語の定番なのは、当然だ。
異世界ものだけが必要なのではない。
ファンタジー的異世界だけでなく、
我々の現実にとって別世界なら、
それは何でもいい。
刑事物や医療ものだって構わない。
僕にとって女子高は別世界だから、興味がある。
トレンディドラマは、「都会」が別世界だからこそ機能した。
冬のソナタは、別世界だからこそ流行った。
「世にも奇妙な物語」は、一見日常に見えるすぐ横に、
奇妙な別世界への入り口があることで、人気を博した。


どんな別世界をあなたは描くのか?
それは自由だ。

その価値は、それが終わって現実に我々が帰ってきたとき、
どれほどそれまでの現実が異化されたか
(現実が違って見えるか)で決まると思う。

これを単に、物語は夢を与える、などと美辞麗句で言われることがあるが、
それはこの議論をしていない、浅いものだ。

異化とは、ある意味先入観を覆すことでもある。
180度先入観を覆すのが、傑作だと思う。

映画はよく旅にたとえられる。
海外旅行などで、「全く別の原理」を見て感心したりすることはよくある。
それは、我々「日本人の世界」が異化されるのだ。
国内でも、田舎へいけば都会が、都会へいけば故郷が、異化されるだろう。

旅行へいくこともなく、物語ではそれをするのである。
posted by おおおかとしひこ at 15:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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