2014年06月24日

初心者が目指すべき規模

タイトルだけは気になっていて、
未見だった、「水の中のナイフ」をようやく見れた。
初心者の目指す規模は、この辺りではないだろうか。


(以下ネタバレにつき、未見はご遠慮下さい)


90分という尺。
3人という登場人物。
ヨットという、実質の密室。

一見ヌケと景色のいいヨットものに見せかけておいて、
中身は密室の三人ものだ。
(「駅馬車」「オリエント急行殺人事件」「マリン・エクスプレス」も、
移動する乗り物内という密室ものである)
三人それぞれの微妙な心のうつろいや言葉や行為のやり取りで、
最後の爆発へ向けて導火線に火がついていく。
きちんとここまで濃厚に人間を描くことは、
最近の作品でもほとんどない。
密室ゆえの、息苦しい、湿度たっぷりの90分を書けるかどうか、
自分なりに想像してみるといいだろう。

巨匠ロマン・ポランスキーのデビュー作だ。
自分で脚本も書いている。(補助に二人クレジットされている)

現代の目からすれば、やや退屈なテンポだ。
それゆえ、初心者は分析しやすい。
三人、という最小人数なのも手軽でいい。
三人でできる動的ドラマには限界がある。
これはほぼその限界一杯をピークにしている。
すなわち、男同士の殺人と浮気だ。
これを、「逆算して書いている」ことに注意されたい。

若い男を拾って、ヨットに乗って、と順では作っていない。
ピークを先に想定し、そこへ向かって書いている。
その証拠に、ミッドポイント、丁度45分で雨が降る。
ここから船内の更に密室へ移ることを、計算した尺割だ。

伏線の使い方も上手だ。
車のワイパーを盗まれるかも→ラスト盗まれていて警察の話へ
夕方は雨になる→大分あとに雨へ
ブイを目指せ→クライマックスはブイ付近でのドラマ
森を歩く→波の上を歩く
などなど。

挿話の使い方も上手い。
一人の船員の話をずっと使っている。
これはマクガフィンとして機能する。

絵がわりも上手い。
天候と時間で、湖はさまざまな表情を見せる。
ヨットを草むらで引っ張る、波の上を歩く、
などはこの映画が持つオリジナルのイコンだろう。

危険の描写も上手い。
うっかりするとマストに持ってかれる。
ナイフの危険さ。
浅瀬。
鍋と取手。

小道具も上手い。
棒とりゲーム、ラジオ、まな板へのダーツ、歌、詩の暗唱、
羅針盤、パイプ、マスト、バケツ、コニャックなどなど。
そしてなにより、ナイフ。


そして、実は最も優秀なのはタイトルだ。
このタイトルが想像させる内容の、映画的ワクワク感。
水の中の、に象徴される美しさと不気味さ、
ナイフの危険な香り。冷たさ。
本質を言っているかどうか、象徴できているかどうかには、
疑問が残るが、この低予算映画を一段格上げしているのは、
実はこのタイトルだと思う。



これだけの映画的充実を、
三人の密室劇、90分の尺であなたは用意出来るだろうか。
出来るならすぐにでも書いたほうがよい。
無理なら、自分に足りないのは何かについて、
分析することが出来るだろう。

60年代、もう50年前の映画である。
多少古びたテンポなのはしょうがない。
しかしその映画的な要素については、古びたものがない。
傑作とは言わないが、秀作の部類である。

僕が感じたことは、デジタルのないアナログだけの世界は、
なんと危険に満ちた世界だったかということだ。
これは結構な発見だった。
何もかもが、何か失敗したら大変なことになることばかりで、
それを成功し続けることが当然のように描かれているのが面白かった。
何も参照しなくてよい知識と技術が、価値を持つ世界だった。
アンドゥは出来ないが、リトライはいくらでも出来る世界だった。

そして映画とは、その時代の発明品なのである。
posted by おおおかとしひこ at 12:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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