2014年06月26日

絵で語ること

絵で語る、とは、何かを何かで象徴することだ。
映画は三人称形式だから、ものを撮る。
それで何か(たいてい内面)を象徴することが、映画的表現である。

「ピアノ・レッスン」(相変わらず邦題がよくない…)を例にとろう。


(以下ネタばれにつき、見てからどうぞ)


大きな小道具、ピアノは、主役のエイダそのものである。

言葉を失った彼女が、唯一表現できる手段がピアノだ。
ピアノは、彼女にとってのことばである。
ピアノを取り上げてしまうことは、
彼女からことば、意志を取り上げてしまうことに等しい。

「厄介だから」とピアノを放置した夫、
浜辺に放置したままのピアノの所まで連れて行き、
存分に弾かせてくれた間男。
エイダがどちらを取るか、明らかだ。
彼女を理解することは、ピアノを理解することだからだ。

物語は、ピアノをめぐって展開する。
それは、彼女自身の心と対応する。

間男は全裸になって自分の服でピアノを拭く。
(変態チックで笑いぎりぎりだが、好きな子のリコーダーをなめたい欲望と同じ、
きわめて神聖な愛の行為だ)
夫はピアノを取り戻し、部屋に閉じ込め窓に釘を打ち、かんぬきをかける。

彼女は夫の前で決してピアノを弾くことはない。
それは本心を見せないことの象徴表現だ。

彼女はピアノの一部、白鍵をラブレターにする。わたしの心はあなたのものです、という証に。

「ピアノをどう扱うか」が、「彼女をどう扱うか」を表現している。
ピアノを撮ることで彼女を象徴した、すぐれた表現だ。



物語はクライマックスで、
夫が彼女の指を斧で落とす、という衝撃的なシーンとなる。
(これに繋がるように、教会のお芝居の練習中、
「影絵で斧で指を落とす」伏線が前半でうまく引かれていることに注意されたい)
ピアノを弾く指=ことば=意志を永久に彼女から奪う、という支配だ。

ラストシーン、彼女はピアノを海へ落とす。
ピアノはもう彼女自身ではなくなったことの象徴表現だ。
海の底のピアノに彼女の死体が繋がれた、(想像上の)ラストショットは美しい。
彼女が生まれ変わったことを、裏から象徴する表現である。


「ピアノで彼女の心を象徴している」以外は、
わりとよくある、古典的な少女漫画の世界だと思う。
お金持ちの御屋敷だが命令的な御主人と、野卑で文化はないが繊細な野蛮人の対比は、
70年代の少女漫画だ。
だからこそ、根源的な、強い映画になったのかも知れない。

娘の存在がテクニカルである。彼女の翻訳者の役割と、
複数の立場に挟まれたメッセンジャーの役割をこなす。


セットアップが極めて短いことに、プロの技術を感じる。
「言葉をしゃべらないかわりにピアノは饒舌」という、
ピアノ(音楽表現と、ビジュアル上の象徴表現)ありきのセットアップが、
きわめて映画的である。

マイケルナイマンの音楽は、絶賛して絶賛しすぎることはない。
胸をかき鳴らすようなあの曲の正体は、熱情の孤独ではないかと思う。
つまり、曲自体が、彼女のテーマである「わかってほしい」ことを表現していると思う。



大学生時代、当時の彼女と見た映画だ。
そのときはよく分からなかった。
ピアノを弾く女はエロいなあ、ぐらいしか見ていなかった。
今ならわかる。
彼女は「自分を理解してほしい」と心から願い、
理解してくれない「世界」を拒絶していることが。
女にとってのエロとは、自分自身と引き換えであることが。

相変わらず邦題がよろしくない。
原題は「The piano」。
同時期公開に「ザ・ピアノ」というまる被りがあったため、
変更を余儀なくされた事情があったらしい。
「ピアノ・レッスン」は密室のエロを匂わせて秀逸だ(客引きにはなる)が、
本編の、ピアノ=彼女という象徴性をまったく表現しきれていない。
(そもそもレッスン中に愛が芽生える、未熟な彼女におっさんがレッスンして…
という話じゃないし)

「海の底のピアノ」(ネタバレを気にするなら「海辺のピアノ」)
「彼女のピアノ」
などのようにしたほうが良かったのではないだろうか。


ちなみに、よろしくない邦題に、新しくタイトルをつけなおすことは、
映画自体をきちんととらえる練習と、ことばでそれを表現する練習になる。
おススメのトレーニングだ。
「きみが僕を見つけた日」「愛が微笑む時」は、映画自体は秀作なのに、
邦題がよろしくない。(原題は「Time traveller's wife」「Heart and Souls」)
トレーニングにどうぞ。
posted by おおおかとしひこ at 18:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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