2014年08月17日

「サイコ」の研究2:感情移入

この作品の二番目のリード、
主人公は捕まってしまうのか、
というハラハラは実に巧みである。
実はここが一番テクニカルに面白いところかも知れない。

4万ドルを盗んだ主人公の女が、
捕まるかどうかというハラハラに、我々は思わず感情移入しているのだ。
何故これが起こるのか、見ていこう。


警官に起こされるまでは、おそらく我々は彼女に感情移入をしていない。
結婚したい女や、オッサンに言い寄られて嫌な目に会う女に、
あまり感情移入はしない。
まあこういう環境の人なのだな、くらいにしか思わない。
(女性なら、分かるわーと親近感があるかも知れないが)
4万ドルを盗んでからが勝負のはじまりだ。
社長に見られたカットでは、まだ感情移入ははじまらない。

警官に起こされて、不審に思われていく過程で、
実は我々は感情移入させられている。

「無意識にまずいことをしてしまう」からだ。
免許証の提示を求められ、バッグをあけて、
まず最初に分厚い4万ドル入りの封筒を、最悪なことに最初に出してしまうのだ。
動揺を隠そうと、別の何かを出して最初の封筒を隠し、
免許証を見せるふりして体で封筒を隠そうとするのだ。
しかも「急いでいる」ことを強く言ってしまい、
不信感を持たれていくのである。

僕らが何かを隠しているとき、
「ついやってしまう最悪なこと」が連鎖するのだ。
ここが抜群にうまい。

警官の表情がサングラスで分からない所も巧みだ。
彼の口調から、なにか臭いものを嗅ぎ付けたが、
決定的なことはつかんでいない、というニュアンスだけが伝わる。

いってよし、からしばらく尾行されるのも気持ち悪い。
ボロを出さないかどうか、ヒヤヒヤさせるのだ。

浮気を疑われたときのような、
なるべくボロを出さないでおこうと思えば思うほど、
無意識のヘマをやっていく感じ。
そのディテールが抜群に上手いのだ。

そのあと、車を買い換えるシーンでも、
怪しまれないようにすればするほど怪しまれていくさまが、
よく描かれている。

極めつけは、その後彼女が一人運転している顔のショットに、
関係者の声がこだまする長回しだ。
彼女の想像が、悪い方へ悪い方へ進んでいく。
我々が何か悪いことをしたときの心理が、実に上手く描かれているのだ。


感情移入とは、自分と近い人にしか起こらない訳ではない。
何度か書いているが、自分と遠い人にも起こすことができる。
我々は4万ドルを会社から横領し、遠距離の彼氏と結婚しようとしたことはない。
しかし、その遠い人に自分と同じところを見いだすと、
感情移入は起こる。

この場合はすなわち、「悪いことをしたときの失敗」によってである。
何故か最悪なミスををしたり、
バレる嘘をついたり、それに重ねて嘘をついたり、
金で解決しようとしたり、
悪い想像だけが膨らんでしまう、などによってなのだ。

悪いことをしたことのない人はいないだろう。
その初歩的なミスのいくつかを彼女がしてしまうことで、
我々は自分と彼女を重ねて見てしまうのだ。
感情移入である。

だから彼女が捕まるかどうかのハラハラが、面白いのである。
会話会話の微妙な間とかもたまらない。
悪いことをしてるときは、あの間がこわいのだ。実に上手い。

これらを全て計算した上で、脚本にそれらは全て書かれている。


感情移入は、キャスティングでもマーケティングでも芝居でもない。
人間観察を徹底的にし、洗練された表現で練った、
脚本に書かれているべきものだ。
posted by おおおかとしひこ at 04:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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