この作品の二番目のリード、
主人公は捕まってしまうのか、
というハラハラは実に巧みである。
実はここが一番テクニカルに面白いところかも知れない。
4万ドルを盗んだ主人公の女が、
捕まるかどうかというハラハラに、我々は思わず感情移入しているのだ。
何故これが起こるのか、見ていこう。
警官に起こされるまでは、おそらく我々は彼女に感情移入をしていない。
結婚したい女や、オッサンに言い寄られて嫌な目に会う女に、
あまり感情移入はしない。
まあこういう環境の人なのだな、くらいにしか思わない。
(女性なら、分かるわーと親近感があるかも知れないが)
4万ドルを盗んでからが勝負のはじまりだ。
社長に見られたカットでは、まだ感情移入ははじまらない。
警官に起こされて、不審に思われていく過程で、
実は我々は感情移入させられている。
「無意識にまずいことをしてしまう」からだ。
免許証の提示を求められ、バッグをあけて、
まず最初に分厚い4万ドル入りの封筒を、最悪なことに最初に出してしまうのだ。
動揺を隠そうと、別の何かを出して最初の封筒を隠し、
免許証を見せるふりして体で封筒を隠そうとするのだ。
しかも「急いでいる」ことを強く言ってしまい、
不信感を持たれていくのである。
僕らが何かを隠しているとき、
「ついやってしまう最悪なこと」が連鎖するのだ。
ここが抜群にうまい。
警官の表情がサングラスで分からない所も巧みだ。
彼の口調から、なにか臭いものを嗅ぎ付けたが、
決定的なことはつかんでいない、というニュアンスだけが伝わる。
いってよし、からしばらく尾行されるのも気持ち悪い。
ボロを出さないかどうか、ヒヤヒヤさせるのだ。
浮気を疑われたときのような、
なるべくボロを出さないでおこうと思えば思うほど、
無意識のヘマをやっていく感じ。
そのディテールが抜群に上手いのだ。
そのあと、車を買い換えるシーンでも、
怪しまれないようにすればするほど怪しまれていくさまが、
よく描かれている。
極めつけは、その後彼女が一人運転している顔のショットに、
関係者の声がこだまする長回しだ。
彼女の想像が、悪い方へ悪い方へ進んでいく。
我々が何か悪いことをしたときの心理が、実に上手く描かれているのだ。
感情移入とは、自分と近い人にしか起こらない訳ではない。
何度か書いているが、自分と遠い人にも起こすことができる。
我々は4万ドルを会社から横領し、遠距離の彼氏と結婚しようとしたことはない。
しかし、その遠い人に自分と同じところを見いだすと、
感情移入は起こる。
この場合はすなわち、「悪いことをしたときの失敗」によってである。
何故か最悪なミスををしたり、
バレる嘘をついたり、それに重ねて嘘をついたり、
金で解決しようとしたり、
悪い想像だけが膨らんでしまう、などによってなのだ。
悪いことをしたことのない人はいないだろう。
その初歩的なミスのいくつかを彼女がしてしまうことで、
我々は自分と彼女を重ねて見てしまうのだ。
感情移入である。
だから彼女が捕まるかどうかのハラハラが、面白いのである。
会話会話の微妙な間とかもたまらない。
悪いことをしてるときは、あの間がこわいのだ。実に上手い。
これらを全て計算した上で、脚本にそれらは全て書かれている。
感情移入は、キャスティングでもマーケティングでも芝居でもない。
人間観察を徹底的にし、洗練された表現で練った、
脚本に書かれているべきものだ。
2014年08月17日
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