2014年10月16日

出落ちで終わらない為には何が必要か

動機である。



殆どの下手な人は、
キャラクターの面白さや出落ちの瞬間だけで、ピークで終わりになってしまう。

そんなものただの初期状態であり、
それから何をしたりどう変わるかが物語だ。
変化というのは立場もあるし、考え方や生き方の変化もある。
(そして出来のよいものは両方である)

何をするか、には動機が必要だ。
特に動機のないまま出すと、
「何かをされるリアクション」のみがその人の出番になってしまう。
(ここにメアリースーがやってくる)

物語とはアクト、すなわち行動である。

ストーリーを、登場人物の動詞だけ抜き出すと、
物語の骨格になることは、このブログでも書いてきた。
(例えば全原稿を10%ぐらいに縮小コピーして、
動詞にだけ赤をつけて一覧してみよう。
それが骨格の視覚化だ。
実際には大きな動詞と小さな動詞があるので、
骨格は構造化されているはずだ)


行動は、思いつきや行き当たりばったりでない限り、
動機が必ずある。
(思いつきや行き当たりばったりだけで二時間つくってみた、
「ストレンジャー・ザン・パラダイス」を見よ。
当時の空気を閉じ込めてリアルだが、いかに詰まらんか)

動機は抽象的なもので、その具体化したものが目的だ。
登場人物には必ず動機と目的がある。
目的は最初から具体的でない場合があり、状況に応じて変わることもある。

たとえば動機が「モテたい」なら、
A子ちゃんを落とす目的が、彼女に彼氏がいると分かった瞬間、
B子ちゃんが目的になる。(ターニングポイント)
B子ちゃんがダメなら、金使ってキャバクラにいく。(ターニングポイント)
目的は時々でバラバラだが、動機は一貫している。


その人の動機は何か。
そして、時々の状況での、
その人の動機から導かれた具体的な目的は何か。

それらがない限り、
その登場人物は、自ら行動することはない。
自ら行動しない人は、ただそこにいるだけの、
雛壇のリアクション芸人に過ぎない。
だから出た瞬間しか動きがなく、そこがピークという出落ちになるのだ。


動機は。目的は。
少なくとも、二人分必要だ。
計、最低4つ必要だ。状況も含めれば、5つの要素が必要だ。

二人分というのは、言うまでもなくコンフリクトの為だ。
目的が違うからこそ、もめごとが起きるのだ。
同じならば、同じですね、はい終わり、結婚、になるからだ。
(ちなみに多くの801はこのストーリーである)


さて、思考実験的に、
動機が違うのに目的が同じ二人を考えてみよう。
例えば、野球チームのピッチャーとキャッチャー、
バンドのギターとボーカルなどの同チームの二人でも、
同じ女が好きなのだが、第三の男を排除することに同意した二人の男のように、
異なる立場でもよい。

最初はうまくいくのだが、その目的が達成されたとき、
各々の目的が微妙に異なるようになる筈だ。(ターニングポイント)
そこからがドラマのはじまりであり、
どんな行動をどっちが先手を取るかが、きっかけである。
おそらくあらすじは、揉めたあとの喧嘩別れか、
揉めたあとの第三の選択肢で合意するかだ。

逆に、動機は同じだが目的が違う二人を考えよう。
お互い好きなのだが海へいくか山へいくかで揉めるカップル、
お互いいい映画をつくりたいのだが、
その具体で揉める監督とプロデューサー、などである。
目的が違うことで喧嘩することがきっかけだ。
あらすじは、
動機は同じだと分かって第三の選択肢におちつくか、
どちらも納得のいかない妥協策を採択するか
(ビターエンド。映画でない現実にはこれが一番多いだろう)、
合意できないから喧嘩別れするか、
の三通りありえる。


コンフリクトする(揉める)二人の、
動機と目的が全て異なるのなら、さらに話は複雑になるだろう。

しかし二人の話では、喧嘩別れか仲直りしか結末がないので、
話が単調である。
そこで、物語では、第三の登場人物を出すのである。

第三の登場人物の動機と目的によって、話は複雑になるのだ。

心理学的な人間関係の基礎は二人の間かも知れないが、
物語的な人間関係の基礎は三人の間である。
だから厳密に二人芝居というのはつまらない。
(たとえば、15分演劇「多分、大丈夫」において、
奥さんの役がなかったら、あれほどの深みにはいかない。
奥さんと対面することが、彼の死を現実にするのだ。
実際、奥さんには目的はなく、彼の死を悼むという動機だけがある。
つまりこの人は0.5人分の役割だ)


大体このようなことを考えていくのが、
おはなしをつくることである。
これらはわかりやすく戯画化しているが、
本チャンでは、もっと具体的なリアリティーのある、
状況、動機、目的で色々と組み合わせるのだ。


出落ち?

そんなもん、まだストーリーを考えたことのない童貞のすることだ。
posted by おおおかとしひこ at 23:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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