2014年10月21日

動機が分かることと感情移入すること3

冒頭部分の感情移入で言えば、
「save the catの法則」(ブレイクシュナイダー)がある。
子猫を助けるような、主人公を好きになるようなことをさせろ、
という法則だ。


ハリウッドはそういうところが露骨だ。
アメリカンな感覚、といってもいい。
子猫を助けるようなヒーローに、人は惚れるんだ、
みたいなイメージが強烈である。
本文を読めばそこまで定型ではなく、
主人公を好きになるようなエピソードを用意せよ、
ということに過ぎないのだが。

僕の言うところの、
ピンチへの行動や意外な内面を見せよということと、
概ね同じことだと思う。


さて。

第一幕は主人公の日常からはじまるという。
その日常とは、ほんとの日常を描くのではない。
日常風景の場所や文脈を借りて、
主人公のピンチへの行動や意外な内面を見せることが、
本当の目的なのだ。

そしてこのあとに来る事件に主人公が反応するときに、
既に感情移入がはじまっているのが理想なのである。

日常をちんたら描いている暇などない。
この人はこんな職業で、
この人はこんなタイムスケジュールで、
この人はこんな性格で、
この人はこんな代わり映えのしない毎日で、
などはまるでいらない。

日常場面の中での、ピンチへの行動や意外な内面を見せよ。
そのことに比べたら、だらだらした日常描写の、いかに無駄なことか。

また、その場面には伏線が仕込まれているものだ。
あとで使う何かだ。
例えば前の駅員の例で言えば、
揉め事を起こしたヤクザの親分がやって来るのだ。
その親分が更に難癖をつけて駅解体への悪役になるか、
すいませんでしたと出来た親分で、地元商店街を仕切って盛り立てる味方になるかは、
シナリオによるだろうけど。


冒頭の日常描写は、そのような、
何重にも重なった必要なことを一気にやるパートだ。

俺、高校生。ごく普通の日常だ。
なんてやってる暇なんて一秒もないのである。



そう言えばsave the catで思い出したこと。
とある保険会社のCM企画で出したやつ。
(当時イケメンタレントがその保険の人を演じていた)

保険の説明をするいまいちイケメンじゃない保険の人。
「なんか胡散臭いのよね」と、
愚痴を言いながら主婦が歩いていると、
その保険の人が雨の中捨て猫を拾っているのを目撃。
その無邪気な笑顔。
「私服のセンスもないし、イケメンじゃないけど、
…あの人なら信用できるかも知れない」

みたいなコント。
勿論その保険の人には無名の味のある役者をキャスティングする予定だ。
うさんくさい保険の人に、僕らがどうやったら感情移入出来るか、
を中心に書いてみた。

ところが、笑ったあとに来る共感や感情移入について、理解できないクライアントだった。

実際に作られてオンエアされたCMは、
有名なタレントが、
「私達の実績は○○で…このようなサービスがあり…」
などと自分語りするドヤ顔CMだった。
客観的事実(スペック)を並べたらそれだけで好きになってもらえると勘違いしている、
自己愛に満ちた、
自分は皆の中では他人であるということを分かっていない、
映像という三人称を分かっていない素人原稿だった。

他山の石とされたい。
posted by おおおかとしひこ at 11:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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