2014年10月23日

名作へのふたつのルート

名作を生むためには、ふたつのルートがあると思う。


名作は、誰もが思いつかないアイデアで、
意外にシンプルで、なおかつ深い。
誰もが飛びつき、しかも深く味わえる話である。

映画の初期の頃は、新しい絵を撮ったり、新しいジャンルをつくることで、
新規性のあるアイデアを作ってきた。
が、発明されて百年も経つと、
そうそう新しい絵やジャンルは生まれない。
(ダークファンタジーやソリッドシチュエーションなどは、
比較的新しいジャンルの発明かもだ)
生まれにくいことと、名作であることは関係ない。
いつの時代も、名作は斬新なアイデアを持つものである。


ところで、おはなしには、4つの階層がある。

A 名作。

B 秀作。
地味だがしっかりした話。よく練られていて技術も高い。
欠点は地味なこと。

C 派手なだけのもの。
派手ゆえに注目を浴びやすいが、中身のなさゆえに、
すぐ飽きられる。じっくり楽しめる中身がない。
「あとはストーリーさえあれば」などと素人に言われる。

D どちらもない、駄作。


今、Bが足りなくCが溢れすぎてやしないか。
Cから一足飛びにAを目指すルートがあるように錯覚していないか。
派手な才能で鳴り物入りでつくったものが、ことごとく詰まらないことを思いだそう。
それは、おはなしの才能でなく、別の才能で成り上がったからである。
物凄く偶然に深い名作が出来るかも知れないが、
その確率は薄い気がする。

Bのような作品が、世の中から淘汰されてやしないか。
目立たないから、業績を派手に上げないから、という理由で、
どんどん顧みなくなられてはいないか。
技術や修練に時間のかかる、これらをじっくり醸成しないで、
派手な才能に救ってもらおうとしていないか。

僕は、名作へのルートはこちらではないかと思っている。
名作は偶然には生まれない。
正確にいうと、地味で確かな技術の上に、
偶然いいアイデアが噛み合ったときに生まれるような気がする。
(だから結果的に偶然生まれる)

Cルートは若さの特権だ。
無茶苦茶やってみて、万が一あるかも知れない。
Bルートは地味な時間のかかるベテランルートかも知れない。
最後に頂上まではたどり着けないかも知れないが、
七号目、八号目は拝めることだろう。

Cルートは不安定でしかも再現性がない。
Bルートは安定だが神待ちではある。

人生どちらのルートで行くかは好きに決めればいい。
Cルートを目指した人達は身近でたくさん見てきた。
今誰も残っていない。泡沫のように消えていった。
Bルートを目指した人は俺しかいなかったので、
ここから頂上にアタック出来るかはよく分からない。

日本の興行はCルートばかり求めては失敗している気がする。
もっとBを充実させてもいいのでは。
(Bの予算が安すぎることが原因かも知れない。
安かろう悪かろうが、負のスパイラルを起こしている気がする。
安いが地味に面白い、というブランドをつくるのは、
時間がかかり信用商売ゆえ難しいのだろうか)

地味だが逸品のBを、うまく売ることができないことに問題があるのかもね。
キャスト、ロケ地、原作、音楽以外の、
売りフォーマットに乗っからないものを排除してきた結果でもあるけど。
posted by おおおかとしひこ at 19:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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