2014年11月10日

シーン尻に台詞を言わせる

ちょっとした小技を。

あなたが初心者や中級者で、
そのシーンがどうにもしまらないときに試して欲しい。
そのシーン尻に、主人公に一言言わせて終わる方法。


風魔の5話のラストを思いだそう。

小龍が兄弟の確執を克服し、「兄さん…」と一言いって終わる、
ということもあり得た筈だ。
この回は項羽小龍兄弟の回であり、
小龍が兄を受け入れるという帰結は、
なんら問題がないように思える。

しかし、本編では、
そのあとに小次郎の「本当に、人が死んでゆくんだ…」という、
実にリアルな名台詞が入っている。
(これは僕が書いた。プロデューサー陣には唐突とか言われたが、
僕は編集で見てくれと言った。結果は大成功だ)

これだ。
これが入ることでしまるのだ。

どうしまるかと言うと、視点が主人公に戻るのである。


主人公は、観客の最も注目するところだ。
観客は、主人公の目を通して世界を体験する。

主人公小次郎がこの台詞を言うときと、
観客がそう思うときはシンクロしている。

これまでバカドラマ、ネタドラマ、深夜特撮ドラマと思わせておいて、
あれ、このドラママジなんじゃね?
と思う瞬間だ。
忍びは命を賭けて闘うなんてマンガ的なことを言っていたのが、
リアルになる瞬間だ。

ドラマ「風魔の小次郎」は、ここが大きなターニングポイントだ。
それは項羽の死でもなく、白虎が倒れることでも、
小龍の闇が晴れることでもなく、
永遠の刹那が流れるところでもなく、
小次郎の一言なのだ。

この一点で、観客は小次郎と気持ちが同一になり、
小次郎の気持ちで世界を見ることになる。
つまり、感情移入である。

項羽小龍のドラマに涙腺を熱くしたあと、
それを我々同様に目撃した小次郎と、
我々が一体化するのだ。

だからその後の勝手な行動(墓をつくること)にも、
我々は小次郎の味方になる。
掟で禁じられている、という霧風が、疎ましく見えるのだ。

もし感情移入がなければ、
また小次郎が勝手なことを、というシーンで終わる筈だ。
霧風と小次郎の他人同士が話しているだけのシーンだ。
しかし、我々は小次郎の気持ちと同一化しているため、
彼の喪失感や痛みや理不尽に耐える様が、手に取るように分かる。

我々は忍びでもなく、勝手に墓を作ることはない。
なのに小次郎の気持ちが手に取るようにわかり、
自分の気持ちのような気がする。
これが感情移入だ。
(少しだけコツがあって、感情移入しやすいように、
我々の習慣に近いものを感情移入側、反発したいものを敵側にするといい。
アイスの棒の台詞は、兄貴に言いつけかねない掟重視の台詞と対比的なのだ)

この6話冒頭部の感情移入は、
5話の尻の一言でもたらされている。
このように、「あることを踏まえたあること」が、
物語というものだ。


この例では、主人公がショックを受けた。
その次に、それに基づいたリアクション(反応しての行動)をした。

このように、
シーン尻で台詞を言わせると、
次のシーンでは、それに基づく行動をさせやすいのである。


「ショックを受ける」のはマイナーで、
よりメジャーなのは、
「○○しよう」とシーン尻に言わせることだ。

勿論、ここまでストレートな例はまれで、
「○○しなくちゃ」「○○になるといいな」
ぐらいのニュアンスで言われることが多い。


また自作から具体例を。
てんぐ探偵第十話、名作「静かな朝」から。
P.50のタケシの台詞、「ぼくもいく」でシーンが終わっている。

引きこもりになったタケシが、飼い犬シロが病気になったため、
動物病院へいく、と、引きこもってた部屋から出るシーンだ。

部屋から出る、という具体行動はシーン内にない。
それよりも顔を上げた劇的瞬間で終わるべきと思ったからだ。
ここで主人公タケシが自分の意思を示す。
次のシーンは行動だ。
実際には省略されて舞台は動物病院にうつっている。
部屋から出る行動の結果から示している。
(※全体の主人公はシンイチだが、
それぞれの話ではゲスト、宿主が主人公だ)

その一連の行動、「部屋から出る」を、
シーン尻の台詞だけで印象的にしているのである。
勿論、ターニングポイントである。
行動の意思を示す訳だから、ここは自動的にターニングポイントになるのだ。



このような理論的なことを知らなくてもいいから、
イマイチしまらないときに、シーン尻に台詞を言わせよう。

「言い出しっぺが責任を取る」法則から、
主人公は行動をしなければならない。
だから、行動し、その結果話が進行する。

停滞を救うのは進行だ。覚えておくとよい。


例えば、無理矢理にでも主人公に、
「面白いことになってきたぞ。○○しなくちゃ」とシーン尻に言わせてみよう。
そこに到達するように、シーンを書き換えてみよう。
きっと話がまた転がり出すはずだ。
posted by おおおかとしひこ at 14:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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