人と人が会う。
話をする。
今まで思っていて言えなかったことも、洗いざらい言う。
そのとき、人は次どうするかを決める。
人は、なかなか思っていることを全部言わない。
言ったとしても引かれるだろう、という恐怖や、
分かってくれないだろう、というあきらめや、
全部を言う必要はない、などの決め付けや、
言いたくない、などのやんわりとした拒否もある。
それは、その人と相手との、人間関係のことでもある。
その程度までしか言わないレベルの人、という線引きを、
その人の中でしている。
(ここまで初期設定で、セットアップでやるべきこと。
すべてを第一幕でやることもあるし、後付け設定で二幕にやることもある)
それが、何かの事件が起きることで、
その言っていないことを言わなければいけない必要が出てくる。
言ったほうが事件の解決に寄与するとか、
言ったことで人間関係を動かす必要がある、
などの、事件解決の文脈のなかでだ。
今まで会えなかった人が会うこともある。
事件とは、今まで固定されていた人間関係が、
動かざるを得ない波紋なのである。
そこで、人と人が会う。
知らなかったことをはじめて知る。
言わなかったことを全部話す。
仮に今回は黙っておくことがあったとしても、
いずれ劇中では、すべてのことを話すだろう。
そのように話の方向を持っていくのだ。
そこでは、思いの丈や、秘密などを、洗いざらいしゃべるだろう。
特に後半は鬱屈した思いや、隠され続けた秘密が暴露される。
崖の上の犯人の告白もそうだ。
しかし、その言いたいことを全部言ったとして、
それで終わりではない。
言いたいことを言ったら、情報の共有が起こり、
次の行動が起こるのである。
敵の情報を共有すれば、その弱点分析の作戦会議がはじまる。
相手の事情をすべて知ったら、自分に出来ることはないかという決断をする。
犯人の生い立ちは同情に値するが犯罪は犯罪だから逮捕し、
情状酌量の判断をするようにする。(刑事もので人情ものの基本)
家族の秘密を知り、離婚する。または一緒に住もうという。
AとBが付き合っていることが知れ渡り、失恋し、Cにアタックすることに。
などなどだ。
その情報がすべてだ、ということで行動を促してもいいし、
その情報を一部鵜呑みにして行動したがゆえに誤る(勘違い)、
という劇的アイロニーを仕込んでも良い。
いずれにせよ、思うことを全部言う。
そのあとに、誰かが何かの行動をする。
それが物語だ。
それが何回あるか、数えてみよう。
それがターニングポイントの数になるだろう。
若手の短編企画を見ていると、
初期設定→事件があり集まって、言いたいことを全部言う
→はじめての行動→終わり、
というパターンがあまりにも多くてびっくりした。
言えなかった不満を爆発させて、皆が聞いて、よしよし、
というメアリースーコースばかりだった。
その行動が、最初のターニングポイント、つまり、きっかけである。
起承転結なら起だ。
三幕構成なら、ファーストロールの中盤である。
それは冒険のはじまりであり終わりではない。
そこから行動し、リスクを超え、何がしかを勝ち取ることが物語である。
人を集めろ。言いたかったことを全部言わせろ。
次に、誰が、何をする? 話は、そこからだ。
そのときに全員を集めないのがコツかも知れない。
誰かと誰かを話させ、
誰か(おおむね主人公)が行動し、
また誰かと誰かと会い、をくり返すと、話が進行するかもしれない。
最後の最後で全員が集まり、(残された)言いたいことをいい、
その雌雄を決する最後の決戦、という構造が、物語かも知れない。
逆に、ラストまで全員を会わせず、
部分で会わせることが、話を引っ張る方法論かも知れない。
2014年11月10日
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