2014年11月16日

人は影響を受ける

人は他人から影響を受ける。
真似する。意図的に、無意識に。(軽め)
感化される。かぶれる。(中程度)
自分のものにする。一生変わらないほどの。(強め)

特に最後のものは、内的成長として重要なことだ。
強めだけではなく、軽めや中程度などの、
影響を受けるのを上手く描くことも、人間を描くことだ。


影響を受けることを揶揄しやすい、
コメディはそれを極端に出来る。

シリアスな場面でも、影響を受けてんじゃねーか、
と突っ込みが出来そうなちょっとした笑いを持ち込むことも出来る。
洗脳された上での悲劇を描くことも出来るだろう。

また、人は影響を受けるだけでなく、
与えることも出来る。

仲違いしていたチームが、影響を受けあったり、影響を与えあう様子は、
チームを描くときの醍醐味だ。

これが男女になれば恋愛を含む。
恋愛とは、違う二人が影響を与えあい、受けあい、
ギャップを乗り越えて、ついには人格的融合を果たすことかも知れない。
仲の良い夫婦は顔が似る。
影響の与えあいや人格的融合(二人で一人)がなされた例だろう。

人格的融合を果たすには、相手が変わるだけでなく、
自分も変わることである。
ここに、映画の本質、変化が顔を出す。

つまり、変化とは影響だ。
影響の深いものが変化であり成長なのだ。
一方的な影響ではなく、
それぞれに与えあうことが、変化であり成長なのだ。


あなたはどんな影響を受けたことがあるだろう。
友達や親兄弟からや、流行からや。
あなたはどんな影響を与えたことがあるだろう。
(自分のことはよく分からないものだ)
あなたの親しい人が、誰にどんな影響を与え、
あるいは受けたかを、観察してみよう。
それは時系列の変化である。
しばらくつきあわないと分からないことかも知れない。

とても笑えるものや、興味深いものは、
ネタになるかも知れないし、
あなたの変化や成長の考え方の参考になるかも知れない。


また、人格的融合の究極は、
観客と主人公の間に起こる。
感情移入である。
お互いに影響を与えあう例ではなく、一方的ではあるが、
感情移入を猛烈にするのなら、
観客の人格に、主人公の人格が融合している筈だ。
逆に、それが起こらないのは詰まらない映画だ。

ブルース・リーの映画を観たあと、全員がヌンチャクを振り回すのには理由がある。
影響を受けたからだ。
さらにいうと、感情移入によって、
観客の人格に、ブルース・リー成分が融合したのだ。

人間の人格は、このように強力な外枠があって、
絶対変化しないものではない。
日々揺れ動き、変化や影響を受け入れるものである。

その具体を面白く描くのが、
脚本家という仕事の醍醐味でもある。
posted by おおおかとしひこ at 15:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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