2014年11月16日

ワンビジュアルの重要性

「きっと、うまくいく」の世界に浸ったまま、
まだその世界から帰れていないのだが、
それにしてもポスタービジュアルが酷いと思う。

あの世界をまるで表現できていない。
だから僕は今に至るまで見なかった。
(情報は口コミだった)
簡単に無視する、詰まらなそうなビジュアルだったからだ。

ではどうすればよかったのだろう。


現状のポスタービジュアルは、
尻の形をしたベンチに三人が座り、
笑顔で振り返るビジュアルだ。

これは冒頭30分にある、
テーマ曲が流れるミュージカルシーン内のワンカットだ。

大学寮の中庭にあるちょっと面白いベンチで、
辛いことがあったとしても、
「きっと、うまくいく」という呪文を唱えれば大丈夫さ、
という映画のテーマを語るミュージカルシーンだ。
卒業製作が間に合わず絶望する先輩に対して、
天才が代わりにヘリをつくってあげる文脈で歌われる。
(びっくりさせようと窓からそのヘリを先輩の部屋に…
のその後の展開が上手い)

そのなかでの、ベンチはワンショットである。
ミュージカルの一パーツに過ぎない。
果たしてこれは、映画のテーマを正しく伝えたワンビジュアルだろうか。


否である。


主人公三人の顔を出したい、
だから勢揃いしている場面がいい、
そのなかでもコメディっぽいシーンがよく、
なおかつテーマっぽい場面がいい、
という選択基準は、おおむね間違っていない。

が、あのビジュアルが映画の中のすべての要素を凝縮した、
イコンとなるべきワンビジュアルではない。

その条件ならば、
赤いスクーターに乗って試験会場へ急ぐ三人、
という傑作ビジュアルがあったではないか。
(死にそうな父を病院まで三人のりでスクーターに乗せて走り、
徹夜明けのテンションで試験会場へ向かうシーン)
何故か三人の真顔が面白くて、
なにも面白そうなことはしてないのに、僕は腹を抱えて笑った。

少なくとも、こちらのビジュアルのほうが、
ルールを破ってでも何かをするとんでもない三人組であること、
何か目的があること、
それぞれの凸凹ぶり、
インド映画の生命力が伝わってくると思う。


ベストビジュアルをつくれるのなら、
どんなものがいいだろう。

後半戦、赤ちゃんが生まれたあとの朝、
学長がペンをあげるのはとてもいい場面だった。
その空気感を再現するのがよいと思う。
映画のテーマ、「きっと、うまくいく」が実現したシーンでもあるからだ。

洪水で埋まった大学の寮の前で、
あのあとみんなで記念写真を撮った、という設定で、
めいめいが面白いポーズをとっているのがいいと思う。
きっといい表情の三人が撮れる筈だ。

三人組だけでなく、
サイレンサー、ミリ坊主、学長、赤いスクーターに乗った学長の娘、
その姉(赤ちゃんを抱えた)、などが揃っていてもいい。
とにかく三人組が一番目立とうと、カメラ前にしゃしゃり出ているといいだろう。
なのに何故か洪水で埋まっているヘンテコさがヒキになると思う。

勿論メガネはカメラを持って、
天才は最初に小便を痺れさせた道具か掃除機を持って、
貧乏は車椅子で、
などがキャラが立つだろう。

これで(ネタバレすることなく)映画の本質的な部分を表せると思う。


しかるに、実際のワンビジュアルは酷い。
これじゃ興味が持てない。
宣伝部はバカばかりだ。
posted by おおおかとしひこ at 16:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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