以前にも書いたが、コンフリクトを「葛藤」と訳すのは誤訳だ。
対立や衝突、膠着やもめごとなど、文脈に応じて訳し分けるべきで、
「心の中の煩悶」を意味する葛藤のことを指さない。
したがって、「ドラマとは葛藤である」は誤訳である。
その証拠に、weblio辞書を引用してみる。
(読みやすいように一部改変)
conflict
【名詞】
1 a(武力による,比較的長期にわたる)戦い,争い,闘争,戦闘 〔between,with〕.
用例 engage in armed conflict 交戦する.
b(主義・主張上の)争い,争議; 論争,口論 〔between,with〕.
用例 a conflict between father and son 父と子との間の争い.
2(思想・利害などの)衝突; 対立,矛盾 〔between,with〕.
用例 a conflict of interest (公私の)利害対立.
3【心理】 葛藤(かつとう) 《二つ以上の欲求が対立した心理状態》.
用例 undergo [suffer] a mental conflict 心理的葛藤を経験する, 煩悶(はんもん)する.
【動詞】 【自動詞】
1 a〈二つ以上のことが〉相いれない,矛盾する.
用例 His statements on the subject conflicted.
その問題に関する彼の陳述は矛盾していた.
b〔+with+(代)名詞〕〔…と〕相いれない,矛盾する.
用例 Your interests conflict with mine.
あなたの利害は私の利害と一致しない.
2〔動詞(+with+(代)名詞)〕〔…と〕争う,戦う.
【語源】 ラテン語「ぶつかり合う」の意 (CON‐+fligere 「打つ,ぶつかる」)
この言葉を葛藤と一意に訳したやつは馬鹿だということが明らかだ。
語源は、ぶつかりあうことだ。戦闘だ。
あるものとあるものの二者(応用的には三者以上)が、
ぶつかりあうことだ。
対立や衝突、between A and B、with Aの形式で描かれる概念なのだ。
ちなみに、日本語の葛藤は、
つたやかずらが、絡み合う様である。
(くずとふじが語源で、ツタ系の植物のさま)
ここにはぶつかり合いや矛盾などの動的暗示はなく、
「ごちゃごちゃと同居しているさま」の静的暗示でしかない。
意味3の「葛藤」についても、「二者以上の欲求の対立」と、
「対立」が明確だ。
つまり、ベタな絵で言う所の、
「肩の上で天使と悪魔が同時にささやく」という、
「二者以上の間でどちらにすべきか迷う」ほうの意味なのだ。
おなじく、between A and Bなのだ。
日本のドラマスクールやシナリオ教室では、
「ドラマとは葛藤である」と間違った教え方をしている。
葛藤に対立の意味は、語源的にない。
日本語の「葛藤」をただしく知っている者ほど、
「思い悩んで、解決のないぐずぐずの絡み合った状態」を、
独り言で延々と描くことになってしまう。
それは誰かと誰かの対決を描く動的なドラマでなく、
個人の内的世界を静的に描写しつづける私小説である。
誰だこんな馬鹿な訳を定着させたやつは。新井一?
もういっそ、コンフリクトは「バトル」と意訳したほうがいいぐらいだ。
だって第一義は戦闘なんだもん。
「ドラマとはバトルである」。
このほうが、よほど書くべきことがすっきりする。
外的問題の解決と、内的問題の解決もそのように考えると良い。
物語には、外的なバトルと、内的なバトルがある。
外的なバトルとは、主人公サイドと敵サイドのバトルのことだ。
(内輪もめなど、細かいバトルもあるだろう。これをサブストーリーという)
一方、主人公の中での悩みの解決の話が同時進行する。これを内的バトルという。
内的バトルは、主人公の独り言以外に表現し得ない。
三人称形式では、主人公の反応や行動や、他人との接し方や、
考えの偏りによって描かれる。
(小説では地の文で語ることが可能だが、三人称形式である映画ではそれは不可能だ)
内的バトルの敵は自分自身の弱みだ。それを克服するのだ。
それが外的バトルの文脈内で解決されること、
見たもので分かることが、悩みの昇華として描かれる。
こう考えた方が、「コンフリクト」よりも、
よっぽど分かりやすい理論になるのではないか?
いっそコンフリクトの訳語として使われているであろう、
対立、衝突、膠着、もめごと、相矛盾する両者、火花バチバチ、
などの言葉を、すべてバトルに置換してみてはどうだろう。
ドラマとはバトルである。なんだ、簡単じゃないか。
2014年11月17日
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