2014年11月19日

「ドラマとはバトルである」4

日米のコンフリクト、すなわちバトルについてその2で議論したが、
日本の漫画は、黎明期からハリウッドのバトルの輸入だ。
手塚治虫が漫画の神だからだ。
彼はハリウッド映画を研究し、ディズニーも研究し、
その構図やカット割りのみならず、
作劇論すら輸入したのだ。
勿論日本的なバトル物語もあるが、
比較的ハリウッド的な対立衝突のバトル的な話も多い。

日本の漫画は全てここからはじまった。
だから漫画という話は、根本からバトルなのだ。
それがリアル喧嘩でない漫画的な喧嘩になるものを、
一般に「バトルもの」といってリアル文脈から区別するが、
バトルの概念をリアルまで広く考えれば、
漫画とはバトルものである、ということもできるだろう。

僕は故市川準が、最近の若者の書く話は全部漫画的だ、
と嘆いたという話を聞いて、漫画の影響とは何か、
漫画的とはどういうことか、
そうでない話はどういうことか、よく考える。
ハリウッド的な分かりやすい対立軸のバトルが、それに当たり、
日本映画の伝統的物語がそうでないもの、ではないかと思うことにした。
posted by おおおかとしひこ at 10:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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